これまで長年、素敵な庭があると聞けばカメラを抱えて、北へ南へ出向いてきたカメラマンの今井秀治さん。カメラを向ける対象は、公共の庭から個人の庭、珍しい植物まで、全国各地でさまざまな感動の一瞬を捉えてきました。そんな今井カメラマンがお届けするガーデン訪問記。第14回は、北海道にある「上野ファーム」。イギリスで庭づくりを学んだ上野砂由紀さんと、日本でも早くからガーデニングに取り組んだ母、悦子さんと親子で20年育んできたガーデンの近年の様子をご案内します。
僕にとって特別なガーデンの一つ「上野ファーム」
2019年最初にご紹介するお庭は、北海道旭川の有名なガーデン「上野ファーム」です。この庭は、いつかしっかりと撮影させていただきたいと思っていた、僕にとっても特別なガーデンです。というのは、遡ること1996〜1997年。2年連続で6月に2〜3週間かけて巡ったイギリス取材でのこと。イギリスで知り合った「B&B for Garden Lovers」のまとめ役の女性、スー・コルクフーン婦人の案内で、毎日素敵なお庭に辿り着けるという夢のような毎日を過ごしていました。
そんな中で出合ったお庭の一つが、「上野ファーム」のガーデナーである上野砂由紀さんが当時ホームステイしていた「ブラムディン・ハウス」だったのです。
「ブラムディン・ハウス」に伺った時はあいにく、上野砂由紀さんは留守でお会いできなかったのですが、とってもきれいなミラーボーダーや、ボーダーの中に白いクレマチスのインテグリフォリアを使っているのを初めて見るなど、とても印象深かったことを思い出します。その庭で働いていた日本人女性である上野さんのことは、頭の片隅にずっと残っていました。その時の取材については、単行本『イギリス家庭のガーデニングアイデア200』(編集/ビズ出版)として1998年に出版され、僕と家内との共著で夫婦デビュー作となりました。
それから何年経ったか定かではありませんが、ある日、雑誌『BISES』後半の情報ページに「イギリス帰りの女性ガーデナーが、北海道で庭づくりをする実家に戻り、本格的なイングリッシュガーデンづくりをスタートさせる」という内容の記事が出ていました。家内に見せると「きっと、あの時にお会いできなかった女性よ」と教えてくれたのです。
当時は憧れの雑誌からイギリス関連の本も出版したばかりだし、あちこちのきれいなお庭の撮影にも忙しく通っていたので、イギリス帰りの上野さんのイングリッシュガーデンは、イギリス通のカメラマンと自負していた僕が撮影をさせていただきたいと真剣に思っていました。
何人かの編集者に、そのことを話していたのですが、当時は北海道の取材は各出版社ともなかなかハードルが高かったのか、どこからもお声もかかりませんでした。そのうちに上野さんご自身が写真も撮りながら、『BISES』や『園芸ガイド』で連載をスタートしていて、「上野ファーム」の撮影の機会が巡ってこないかなと願っていました。
その後、北海道のオープンガーデングループ「OPEN GARDEN of HOKKAIDO」も人気になり、2010年からは毎年北海道へ撮影に行きましたが、個人のお庭のレベルが高くて個人邸をメインに撮影をしていました。2016年の6月末、この日も旭川の素敵な個人邸の撮影をして終了後に、お茶をいただきながら庭談義をしていたら「昨日、静岡でバラの庭づくりをしている素敵なご夫婦がお見えになりましたよ」と言うのです。「それはもしや大須賀さんじゃないですか?」と聞くと、僕も撮影に伺ったことのある大須賀さんだというので早速電話してみることに。
大須賀さんは電話口で、「昨日訪ねた『上野ファーム』が素晴らしかったわ! 『ノーム』の庭は絶対に見るべきよ」と強く薦めてくれました。僕もいろいろな雑誌やFacebookなどで「上野ファーム」にできた新しいエリア、「ノームの庭」にも興味があったし、大須賀さんの強い薦めもあったので、急遽、午後の撮影は「上野ファーム」と決めました。
そうして、午後3時過ぎに「上野ファーム」に到着。駐車場は車がいっぱいだし、お客さんもたくさんお越しになっているようなので、「これはすぐには撮影ができないな」と思いました。取りあえず入場券を買って中に入ってみると、思った通り、庭もたくさんのお客さんで賑わっていました。まずは上野さんに挨拶をしようと、庭を歩いていると目の前でリヤカーに荷物をいっぱい積んで通り過ぎる砂由紀さんの姿がありました。後を追ってご挨拶をし、閉園後も撮影をさせていただけないかとお願いをすると、「スタッフが残っているので、どうぞ」と了解を得て、まずは一安心。天気もよくて、夕方はきれいになりそうなので、ゆっくり撮影ポイントを探しながら、陰って光の状態がよくなったら本格的に撮影を開始することにしました。
「ノームの庭」は太陽の光を遮るものがなく、夕方になってもまだ強い光が差しているので、まずは「マザーズガーデン」、「サークルボーダー」のエリアから撮影を開始。雑誌などで見て知っているつもりでいましたが、実際にガーデンに立ってみると、一つひとつの植物が伸び伸びと大きく育っていて、花色も鮮やか。やっぱり素晴らしいなぁと感心しながら、シャッターを切っているうちに、あっという間に時間が過ぎていきました。
17時近くなると、ガーデンを囲む白樺の林を抜けてきた優しい光が、細い小径を挟んだボーダーを照らして輝き出し、撮影は最高潮。太陽の位置を見ながら、サイド光や半逆光になるようにポイントを決めて、撮影は順調に進みました。太陽が沈みかけてきた頃に、いよいよノームの庭の撮影に移りました。
ノームの庭に行くと、もう何十年もイングリッシュガーデンを撮ってきて、分かっていたつもりでいた僕に、一瞬どう向き合ったら上手く撮れるのか分からないというとまどいが起こりました。それまで、僕が好んで撮っていたのはイングリッシュガーデンのほんの一部で、例えば、レンガの塀にピンクのつるバラが咲いていて、手前にはデルフィニウムやジギタリスのような宿根草のボーダー花壇みたいなものでしたが、「ノームの庭」では、半逆光に輝く植物は、名前すら分からないのに、とても魅力的です。こんなに試行錯誤しながら撮影したのは本当に久しぶりでした。結局、日が沈みかけて撮影ができなくなるまで何周も何周も「ノームの庭」を歩き回りながら、最後は上手く撮れた実感もあり、とても幸せな撮影でした。
2017年の7月中旬。2016年より半月ほど遅く伺ってみると、「マザーズガーデン」も「サークルボーダー」も、さらには「ノームの庭」も咲いている花の量が増えたのか、花の色数が増えて、ボリュームも雰囲気も全然違っていました。
宿根草が主体の上野ファームのようなお庭は、訪れる時期が少しでもずれると、まったく違う表情を見せてくれることを改めて知りました。次回は8月、その次は9月の秋の庭の撮影に伺いたい。マイフェイバリットのお庭が、また一つ増えてしまいました。
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Credit
写真&文 / 今井秀治 - バラ写真家 -
いまい・ひではる/開花に合わせて全国各地を飛び回り、バラが最も美しい姿に咲くときを素直にとらえて表現。庭園撮影、クレマチス、クリスマスローズ撮影など園芸雑誌を中心に活躍。主婦の友社から毎年発売する『ガーデンローズカレンダー』も好評。
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