イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】
日本庭園やイングリッシュガーデン、整形式庭園など、世界にはいろいろなガーデンスタイルがあります。世界各地の庭を巡った造園芸家の二宮孝嗣さんに案内していただく歴史からガーデンの発祥を探る旅。第14回は、イギリスにある「スードリー・キャッスル(Sudeley Castle)」のノットガーデンを解説していただきます。
目次
イギリスの庭デザインの手法の一つ、ノットガーデン
今まで見てきたように、イギリスで庭ができ始める前に、イタリア、フランスなど大陸では富と文化の変遷がありました。十字軍や、大陸との文化・人的交流により、イギリスにも大陸文化の影響が色濃く見られるようになって、国内では多くの整形式庭園やフォーマルガーデンがつくられました。
起伏に富んだイタリアや平坦な大地のフランスに比べ、緩やかな丘が続くイギリスでは両国の庭園様式は何かしっくりこなかったのか、イギリスのアイデンティティーの一つとして、ノットガーデン(Knot garden)が生まれてきました。
そこで今回、解説する庭は「スードリー・キャッスル(Sudeley Castle)」。遡ること1442年、チューダー王朝の時代に建てられたお城です。イングランドでは、中世100年戦争から薔薇戦争と続いた内乱がやっと終わり、平和な時間が訪れました。このお城が歴史に登場してきたのもそんな時代で、かの有名なヘンリー8世の6番目の王妃であるキャサリン・パーがスキャンダラスな生涯を送ったことでも有名です。
庭のあちこちに登場する樹木の刈り込み
山形や円錐形など、きれいに整えられたイチイの刈り込みが圧巻の庭の一角。ひときわ明るく目にとまるのは、黄金キャラの刈り込みです。このような形で庭の中で見られるのは珍しいものです。
この庭は、16世紀になると廃墟となってしまいましたが、近年大規模な修復がなされたことで、現在はイギリスで屈指の庭園になっています。
芝生と長方形の池が同じ高さにつくられたシンプルなデザインの庭。廃墟がそのまま庭の一部として取り入れられていて、この庭の歴史の古さを感じさせてくれます。
イギリスで発祥したノットガーデンの名所
ツゲの生け垣の緑により模様が浮かび上がるガーデンのことを“ノットガーデン(結び目模様の庭)”と呼びますが、イギリスでもノットガーデンの代表的な場所として有名なのが、この「スードリー・キャッスル」です。チューダー王朝時代にあったであろう形をそのままに再現したノットガーデンですが、つくり出されたこの模様は、エリザベス1世のドレスの模様がもとになっているといわれています。
このように、刈り込みが一定の高さを保つノット(結び目模様)を維持管理するのは、日が均一に当たらず生育が不揃いになるところでは非常に難しく、緯度の低い日本では再現がほぼ不可能だと思います。濃い緑一色では暗い空間になってしまうので、中心に白いタイル張りのポンドと西アジアをイメージさせる噴水のオブジェがフォーマルな庭を演出しています。
ノットガーデンを維持するガーデナーの丁寧な仕事
ノットガーデンが維持されているのを見ると、きれいに刈り込みを行い続けている作業の苦労がうかがわれます。現代になっても電動器具を使わず、手作業での刈り込みをしているところが、イギリスらしいと感じます。この「スードリー・キャッスル」には8つの庭がそれぞれ生け垣で分けられていて、どこもきれいに管理されていました。
色とりどりの花々が咲き乱れるイングリッシュガーデンの登場は、世界中からプラントハンターが持ち帰る植物が栽培されだした17世紀以降になるので、今回ご紹介している「スードリー・キャッスル」をはじめとする中世のイギリスでは、まだまだ新大陸やアジアからの新しい植物はなく、限られた植物で庭をつくっていました。そこで、庭に変化をつけるためにも、きれいに刈り込んで形づくる「ノットガーデン」やイタリアの庭でご紹介した「トピアリー」、そして庭を取り巻くイチイの生け垣やメイズ(迷路)を取り入れることで、単調な庭を変化に富んだ空間に仕立て上げたのでしょう。
ここは長い間廃墟になっていたこともあり、ある意味、当時の雰囲気がそのまま残っています。
刈り込みによる庭デザインのバリエーション
右奥にはピジョンハウス、手前はハイドランジア‘アナベル’のグリーンの花の一群。そして、奥にきれいにシェイプアップされた刈り込みの壁。男性的なデザインの庭になっています。この‘アナベル’は北アメリカの植物なので、改修後に植えられたものでしょう。
一段高く茂るスクエアの刈り込みを中央に、外へ向かって二重、三重と生け垣と芝で丸く形づくった緑に白花が浮かび上がる落ち着いた雰囲気の庭。つくられた当時のことを思いながら眺めると、ガーデンデザイナーやガーデナーの工夫と苦労を感じられます。
区切られた庭ごとに工夫があるイギリスの庭
城の壁面に沿って続くボーダー花壇では、赤花が咲く植物が多く植えられ、シックな印象です。赤花はペンステモン、ダリア、カンナ。白花はエリンジウム。建物や園路の明るいベージュと、ナツヅタや芝生の緑に花色が引き立っています。
植栽に近づいてみると、ダリアとペンステモンに、赤葉のカンナが立ち上がっています。奥のほうではジニアの深紅の丸花が控えめに咲いています。アイリスのシルバーがかった葉も、引き立て役としてうまく調和しています。
宿根草のフラワーベッドのある庭では、レイズドベッド(立ち上がった花壇)の縁取りに、コッツウォルズ独特の板石のライムストーンを積み上げ、宿根草と低木が混ざり合って多種の植物が育っています。このように、一段高い場所に植物が茂っていることで、平面的なボーダー花壇と比べ、迫力のある景色になっています。
黄ケマンソウの茂みから、放し飼いの孔雀が現れました。孔雀はもともと東アジア原産の鳥ですが、時々ヨーロッパの庭で放し飼いになっているのを見かけます。奥の木陰にはシンプルなベンチが置かれていました。
ここでは、中央に変形の池を配し、その石材の手すりに植物が寄り添い茂っていました。このように小さく区切られた敷地ごとに、いろいろなタイプの庭をつくることで、訪れる人を決して飽きさせません。「スードリー・キャッスル」では、こうしたイギリスらしい庭づくりのエッセンスをたくさん見ることができました。
緑をふんだんに使うイギリス。ナショナルカラーのブリティッシュグリーンはこんなところから始まったのではないでしょうか。
「スードリー・キャッスル」の近くにある小学校の塀にも、植物の彩り。さすがイギリスですね。
スードリー・キャッスルへ向かう途中の小さな橋も石柱が配されて洒落ています。こんなアプローチが訪れる人の心を庭の歴史に対する興味へと導いてくれます。
併せて読みたい
・スペイン「アルハンブラ宮殿」【世界のガーデンを探る旅1】
・イギリス「ハンプトン・コート宮殿」の庭【世界のガーデンを探る旅11】
・イギリスに現存する歴史あるイタリア式庭園【世界のガーデンを探る旅13】
Credit
写真&文 / 二宮孝嗣 - 造園芸家 -
にのみや・こうじ/長野県飯田市「セイセイナーセリー」代表。静岡大学農学部園芸科を卒業後、千葉大学園芸学部大学院を修了。ドイツ、イギリス、オランダ、ベルギー、バクダットなど世界各地で研修したのち、宿根草・山野草・盆栽を栽培するかたわら、世界各地で庭園をデザインする。1995年BALI(英国造園協会)年間ベストデザイン賞日本人初受賞、1996年にイギリスのチェルシーフラワーショーで日本人初のゴールドメダルを受賞その他ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール各地のフラワーショウなど受賞歴多数。近著に『美しい花言葉・花図鑑-彩と物語を楽しむ』(ナツメ社)。
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