英国の名園巡り、ビアトリクス・ポターの愛した暮らし「ヒル・トップ」
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。ボランティアの力によって守り継がれる、素晴らしい庭の数々を訪ねます。
緑豊かな山々と、静かに水をたたえる湖。丘の斜面に広がる牧草地と、その脇に伸びる、風情のある石垣。そんな昔ながらの、美しくのどかな風景が残されている湖水地方は、英国人が最も愛する田舎の一つ。人々はくつろぎと、ウォーキングなどの野外の楽しみを求めて、この地にやってきます。
さて、17世紀に建てられた石造りの田舎家、ヒル・トップは、この湖水地方のニア・ソーリー村にあります。小さいけれど、この家はとても有名で、年間10万人もの観光客が訪れます。というのも、ここは、世界中の子どもたちに読み継がれる絵本『ピーターラビットのおはなし』の著者、ビアトリクス・ポター(1866-1943)が暮らした家なのです。
ポターは今から150年ほど前、ロンドンの裕福な中産階級の家に生まれました。幼い頃から聡明で画才があり、小動物や草花を、じっくり観察して描くのが好きだったといいます。一家は夏になるとロンドンを離れ、緑豊かな北部の田舎で長い休暇を過ごしました。ポターは16歳の時、初めて湖水地方に滞在し、以来、この地の自然に魅せられていきます。
1905年、39歳の時に、ポターは『ピーターラビットのおはなし』の成功から資金を得て、ヒル・トップ農場を買い取ります。じつはその時、愛する婚約者を病気で亡くしたばかりでした。失意の底にあったポターにとって、湖水地方の自然と自分だけの場所は、大きな慰めとなるものでした。彼女は未婚女性として両親とロンドンに暮らしつつも、ヒル・トップに足しげく通って、大切な自分の城をつくっていったのでした。
ヒル・トップはポターにとって、自分のお気に入りだけを集めた、愛すべき空間でした。ガーデニングにも精を出して、家に続く小径沿いに伸びる花壇や、石塀に囲まれた菜園、果樹園をつくります。そして、絵を描くように、宿根草や球根花、ハーブや野菜、花や実のなる灌木を配して、実用的で美しい、見事なコテージガーデンをつくり上げました。
ここはまた、彼女のアトリエであり、創作のインスピレーションを得る場でもありました。ポターにはきっと、「おはなし」に登場する動物たちの遊ぶ姿が見えていたのでしょう。ヒル・トップの庭景色は、ピーターラビットシリーズの『こねこのトムのおはなし』などに描かれています。
ポターはその後結婚して、新しい住まいを持ちますが、ヒル・トップを生涯大切にしました。
晩年は、この地特有の希少種の羊を守り育てることと、湖水地方の美しい景観を開発から守ることに力を注ぎます。彼女は絵本の売り上げで土地を買い足し、亡くなる際に、4,000エーカー(約1,600万㎡)の土地と、ヒル・トップを含む15の農場をナショナル・トラストに遺しました。
ヒル・トップの家と庭は、ポターの願った通りに、彼女の生きていた頃のままに再現され、公開されています。また、15の農場は今も昔のままに営まれ、周辺の牧草地も守られています。その眺めは、今となってはとても貴重なもの。ポターは自らが愛した湖水地方の景色を、後世の私たちにそのまま遺してくれたのです。
ロンドンから湖水地方までは、車で5時間ほど。電車の場合は、ロンドンのユーストン駅から湖水地方の入り口となるウィンダミア駅に向かい、そこから路線バスやフェリーなどの公共交通機関を使って、主な観光スポットを回ることができます。
ヒル・トップの開館は2月中旬から10月末まで。近くの村、ホークスヘッド(Hawkshead)には、ビアトリクス・ポター・ギャラリー(Beatrix Potter Gallery)があって、ポターの遺した絵画やイラストを見ることができます。また、近隣のパブやホテルでは、美味しい食事やアフタヌーンティーが待っています。
詳細情報
- 店舗・施設名
The National Trust – Hill Top(ヒル・トップ) - 住所
Near Sawrey, Hawkshead, Ambleside, Cumbria, LA22 0LF - 電話番号
+44 (0)1539-436269 - ホームページ
https://www.nationaltrust.org.uk/hill-top
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