アヤメやカキツバタ、ハナショウブは、平安時代の「伊勢物語」をはじめ、江戸時代の琳派絵画などにも数多く描かれているように、日本古来から親しまれてきた初夏に咲く球根花です。神奈川県横浜で、小さな庭のある暮らしを楽しむ前田満見さんの庭では、ジャーマンアイリスやアヤメが夏の訪れを知らせてくれます。その花咲く眺めは、まるで一幅の絵画のよう。小さな庭で育てているアヤメ科の花の魅力と育て方を教えていただきます。
目次
尾形光琳作「燕子花図屏風」に見るカキツバタ

初夏の訪れを告げるアヤメ、カキツバタ、ハナショウブ。
アヤメ科のこれらの花は、古来より日本人に好まれ、平安時代の「伊勢物語」をはじめ、江戸時代の琳派絵画などにも数多く描かれています。
琳派絵画の中でも特に有名なのが、尾形光琳の「燕子花図屏風」。大胆かつシンプルな構図に浮かび上がるカキツバタの端正な佇まいと、圧倒的な群生美に魅了された人も多いのではないでしょうか。じつは、わたしもそのひとり。「燕子花図屏風」を鑑賞して以来、いつしか「庭に、アヤメ科の花が群れ咲く景色を作りたい」と思うようになりました。
麗しのジャーマンアイリス

カキツバタとハナショウブは、湿地や水辺を好む花です。残念ながら、我が家の庭にそのスペースはなく、代わりの花を探していた時に目にしたのが、ジャーマンアイリス(別名:ドイツアヤメ)。この花の原産地はヨーロッパで、1800年代からドイツやフランスでいろいろな品種が作られたそうです。現在も次々と品種改良され、花の色のバリエーションも豊富。その多彩さから「虹の花」とも呼ばれています。

また、ジャーマンアイリスは、日当たりと水はけのよい乾燥したアルカリ性土壌を好み、耐寒性と耐暑性にも優れています。さらに、カキツバタやハナショウブと比べても遜色ない優雅さもあり、庭植えに最適だと思いました。
そして、多彩な花色からセレクトしたのが、「燕子花図屏風」のカキツバタのイメージに近い「菖蒲色」と「京紫」のジャーマンアイリスです。

植え付けから約15年。ヤマモミジの足元に植えた5株のジャーマンアイリスは、当初は花が咲かない年もありましたが、アルカリ性土壌を維持するためのミリオンと寒肥を施すだけで株数も倍増。今では、「菖蒲色」のジャーマンアイリスは遅咲きのブラックチューリップと、「京紫」のジャーマンアイリスはシラー・カンパニュラータやオダマキと見事に競演し、薫風に芳しい香りを放っています。

それにしても、整然と並んだ青灰色の葉と波打つ紫の花びら、天を突く堂々たる立ち姿の何と麗しいこと。「燕子花図屏風」のカキツバタを彷彿させる佇まいに、普段感じることのない雅な気分を味わいながら、只々見惚れています。
清々しいアヤメの咲く小径

日本及びアジア原産のアヤメは、明るい草原などに自生する花。陽当たりのよい場所なら地植えはもちろん、鉢植えでも容易に育ちます。園芸品種もありますが、庭に迎えた鮮やかな菖蒲色のノアヤメと清楚な白色の三寸アヤメは、楚々として野趣に溢れています。そんなアヤメに最適な場所が、飛び石を敷いた小径でした。

ここは、春はスイセン、初夏はアヤメと山アジサイ、盛夏はオニユリ、秋はノコンギクなど、四季折々の山野草が足元を彩るわたしの気に入りの場所。初夏は、瑞々しい新緑を背景に、2色のアヤメと水色のチョウジソウ、橙黄色のヒメカンゾウが咲き、凛とした空気に包まれます。飛び石に打ち水をしながら、小径を何度も行ったり来たりするうちに、心洗われるような清々しい気分になります。

さらに、その景色は、和室の腰窓からも見ることができます。その眺めは、窓枠が額縁となってまるで一幅の絵画のよう。じつは、此処から見える草花は、大好きな琳派絵画の「四季草花図屏風」や「秋草図屏風」を参考に植えています。

そう、ジャーマンアイリスとアヤメが咲く5月の庭は、わたしだけの小さな美術館。
いにしえの人々も愛でた草花を観賞するひとときは、まさに至福の時間です。

Credit
写真&文 / 前田満見

まえだ・まみ/高知県四万十市出身。マンション暮らしを経て30坪の庭がある神奈川県横浜市に在住し、ガーデニングをスタートして15年。庭では、故郷を思い出す和の植物も育てながら、生け花やリースづくりなどで季節の花を生活に取り入れ、花と緑がそばにある暮らしを楽しむ。小原流いけばな三級家元教授免許。著書に『小さな庭で季節の花あそび』(芸文社)。
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