家庭菜園で野菜を育ててみたいとは思っても、マンション住まいだったり、庭がないからと諦めてしまっていた人も多いのでは? そんな方におすすめなのが水耕栽培です。この記事では、水耕栽培の歴史やメリット、そして、始め方まで徹底解説していきます。
目次
水耕栽培とは

水耕栽培(すいこうさいばい)とは、土を使わずに植物を育てる手法のことです。
土の代わりに使うのは、水と液体肥料でつくる溶液で、最近話題の植物工場は、この水耕栽培で野菜を育てるのが主流。それらは、ハイドロカルチャーや、アクアポニックスとも呼ばれます。
植物は肥料分を含んだ液体の中に根を伸ばして成長していきますが、液体だけだと根を張って株を固定できないので、水苔やスポンジ、ガラスやポリマーの玉、ハイドロボールなどを入れ、根を張れるようにして育てます。
水耕栽培の歴史

諸説ありますが、水耕栽培の起源は紀元前600年頃のバビロンに遡るといわれています。
ユーフラテス川流域で発展したメソポタミア文明の都市バビロンには、バビロニア王が王妃のためにつくった空中庭園がありました。庭園の最上階からは肥料分を含んだ水が流され、その水で植物を栽培していたといわれています。
このほか、エジプトでもナイル川流域で土を使わずにイネ科の植物を栽培していたという記録もあり、水に含まれる養分で植物が育つことは、かなり昔から知られていたようです。
近代的な水耕栽培の基礎となる研究を進めたのが、19世紀ドイツの植物学者ユリウス・フォン・ザックスです。
ザックスは、植物が成長するためにはどのような成分が必要なのか、さまざまな物質の水溶液で実験を重ね、水耕栽培で植物を育てることに成功しました。こうした研究を通して、ザックスは現代につながる植物生理学の礎を築いたとされています。
日本で水耕栽培が行われるようになったのは、第二次世界大戦後のこと。
その頃の日本では、家畜だけでなく人間の排泄物を肥料として利用し、野菜栽培を行っていましたが、日本にやってきたGHQから清潔な野菜を要求されたことで、家畜糞や人糞を肥料としない野菜栽培を行うことになりました。
水耕栽培の野菜工場は滋賀と東京に建設されましたが、これが日本の近代的な水耕栽培の始まりであると考えられています。
水耕栽培のメリット

水耕栽培にはさまざまなメリットがあります。ここでは、どんなメリットがあるかご紹介します。
生育が早い

土に植えられた植物は、鉱物や有機物などの粒の間に根を伸ばしていきますが、固体に根が当たって根の伸びが遮られたりすることで体力のロスが発生してしまいます。
しかし、液体である溶液の中に根を伸ばしていく水耕栽培では、体力のロスなく伸び伸びと根を育てることができるため、土を使って育てるよりも2倍の速さで成長するといわれています。また、常に肥料分を含んだ溶液に根が浸されているため、肥料切れによる生育の停滞もありません。
無農薬だから安心

土の中にはさまざまな微生物が棲んでいて、時として病気の原因となります。しかし、水耕栽培は土を使わないので、こうした心配がありません。また、水耕栽培は建物の中など施設内で行われるため、葉や果実を害虫に食べられる心配もありません。そのため、無農薬での栽培もより簡単に行うことができます。
土づくりの必要がない

畑での野菜栽培では土づくりが重要です。
例えば、石灰を混ぜて土壌酸度を調整したり、腐葉土や堆肥をすき込んで肥料分や有機質を足したり、もちろん肥料も忘れてはいけません。こうしたことを広い畑で行うのはなかなか大変な作業です。
しかし、水耕栽培であれば、基本的に水と液体肥料を混ぜ合わせて溶液をつくるだけなので、作業は簡単なうえに、労力もさほど必要ありません。
畑であれば、その場所の土壌によって土壌改良材や肥料についてさまざまな要素を考慮しなければなりませんが、水耕栽培は、清潔な溶液さえつくることができれば、どんな場所でも栽培が可能です。
野菜の質が安定する水耕栽培

土を使った野菜栽培では、土づくりがうまくいったかどうかで収穫量が大きく変わってしまうことがあります。また、戸外であれば、その年の天候や害虫の発生なども収穫量に関わってきます。
水耕栽培は土を使わないため、病気が発生しにくく、安定した収量を望むことができます。また、施設内で栽培することで、害虫の発生や天候不順の影響も受けにくいのがメリットです。
温度を一定に保つことができれば、四季の変化や季節毎の雨量の変化も気にせず、通年清潔で良質な野菜を、安定して栽培することができるのは、水耕栽培の大きなメリットといえます。
水やりなどの管理の手間が少ない

水耕栽培は常に溶液に根が浸った状態で行うので、特に水やりの必要はありません。
溶液は定期的に追加する必要がありますが、一定の量まで減ってきたら注ぎ足せばよいので、水やりのタイミングを間違えて枯らしてしまうというような失敗はしにくいといえます。
野菜がよく生育する夏の高温期は、溶液の減りが早くなるため、溶液の追加の頻度は高くなりますが、プランター栽培の水やりのように毎日行わなければならないということはありません。
もちろん、土を使わないので、雑草の駆除や、土の中にいるコガネムシの幼虫やヨトウムシなどを気にする必要もありません。
日光を当てる必要がない

水耕栽培は、太陽光の代わりにLED照明の人工光を使って行うこともできます。いわゆる「野菜工場」では、LED照明を使って水耕栽培を行い、野菜が作られています。
つまり、日当たりを気にせず室内で育てることができるというわけです。LED照明の色を変え、光の波長を調整することで、生育のペースや、野菜に含まれる栄養素を増やしたりすることもできます。
昼夜を問わず栽培することもできますし、雨や曇りが多い時期でも、一定のペースで栽培が可能です。室内で育てることで、台風や猛暑、寒波などの自然災害に左右されることがないのも大きなメリットです。
小さなスペースでできる水耕栽培

土を使う場合も、小さなポットで育てることは可能ですが、水耕栽培も同様に狭小スペースで育てることができます。
水耕栽培の場合は、生育の効率がよいため、土を使うよりもより多く収穫できます。例えば、棚のように縦に積み上げて育てることもできるので、小さなスペースが有効に使えます。
最近はLED照明などがセットになったキットも登場し、手軽にコンパクトに栽培をスタートすることができるようになっています。
水耕栽培のデメリット

水耕栽培にはたくさんのメリットがありますが、デメリットや水耕栽培に向かない作物もあります。始める前に、押さえておきましょう。
水耕栽培にかかる費用

ペットボトルに溶液を入れて、葉物野菜を1株つくる程度であれば、費用は数百円で済みますが、主流となっている循環式の水耕栽培キットは、素材や機能が充実したものだと1~3万円ほどかかってしまいます。
また、栽培にはただの水ではなく、肥料分を含んだ養液が必要となるため、これを定期的に購入しなければなりません。
庭で野菜を育てるのであれば、タネを買って土に播いておけば最低限の収穫はできますが、水耕栽培は初期費用がやや高いといえます。
水耕栽培にかかる電気代

水耕栽培を行うためには循環式の装置を使いますが、これは、アクアリウムや金魚の飼育に使う循環式のろ過装置に似た仕組みで養液を循環させ、酸素を含んだ養液を根に届けるというものです。
この装置を稼働するためには電力が必要になりますし、太陽光が差さない場所で栽培をするのであれば、LED照明とその電力も必要になります。
とはいえ大抵の場合は、LED照明を一日つけっぱなしにしても電気代は数十円程度です。
水耕栽培では根菜はつくれない

根が常に液体に浸った状態で栽培する水耕栽培では、根菜をつくることは非常に難しく、市販のキットで栽培できるのはラディッシュ程度になります。
根菜をつくることは残念ながらほとんど不可能であるため、ニンジンやジャガイモなどのおなじみの野菜も栽培することはできません。
水耕栽培で育てるおすすめの野菜

水耕栽培におすすめなのは、葉物野菜です。
水耕栽培でよく育ち、収穫しやすいのは、リーフレタスやミツバ、ホウレンソウなど葉物野菜です。中でもベビーリーフは少しずつ摘み取りながら早くから収穫できるのでおすすめです。
水耕栽培には初期費用や養液、電気代などのコストがかかるため、コストパフォーマンスも気になってしまいます。葉物野菜であれば、育った部位の多くを食べることができるので、コストパフォーマンスが高い点も見逃せません。
バジルやパクチー、ルッコラなどのハーブも育てやすくおすすめです。また、パンジー、ビオラなどの花をエディブルフラワーとして食べる場合にも、室内で育てれば無農薬で栽培できるので、そのまま料理やお菓子作り、トッピングに使うことができます。
ミニトマトやイチゴなどの実物野菜も水耕栽培で育てることができ、すでに実際に生産されています。ただ、葉物に比べるとたくさんの光が必要なので、太陽光を利用した栽培のほうが向いています。
水耕栽培キットの選び方

水耕栽培を楽しむためには、栽培用のキットを購入するのが手軽です。
購入にあたっては、育てる作物や用意すべきスペースなどについて考えておく必要があります。どんなことを確認しておくべきかご紹介します。
水耕栽培で何を育てる?

初めて水耕栽培にチャレンジするなら、育てやすく場所も取らない葉物野菜がおすすめです。
レタスやホウレンソウなどは初めての栽培でも失敗しにくく、収穫の楽しみも確実に味わえます。葉物野菜はその大部分を食べられるというコストパフォーマンスのよさが魅力です。ゴミとして捨てられる部分が少ないので、後強いますが簡単なのもよいところです。
イタリア料理に加えるだけで、あっという間に本格的な味になるバジルや、サラダに入れると風味がプラスされベビーリーフとしても味わえるルッコラ、エスニック料理にも使えて最近人気が高まっているパクチーなどのハーブも育てやすく、おすすめです。
葉物野菜の栽培がうまくできるようになったら、トマトやキュウリなどの果菜類に挑戦してみてもよいでしょう。トマトやキュウリは茎やつるが長く伸びるので、大きめのキットがおすすめです。
どれくらいの量を収穫したい?

水耕栽培を始めるにあたっては、どれくらいの収穫量を目指すのかを考えておきましょう。
お手軽に始めたいのであれば、1〜3株程度の栽培ができる小さなキットを購入すれば十分です。まずは省スペースで葉物野菜から挑戦してみるのがよいかもしれません。ダイニングテーブルの上や、棚にちょっと置くことができるようなキットもあります。
大きなキットを使えば栽培できる株数が増え、収穫量も多くなります。しかし、大きなキットや複数台のキットを購入すれば、その分広い置き場所が必要になりますし、室内で栽培するのであればLED照明も追加しなければなりません。また、使用する液体肥料や養液も多くなり、作業の量も増えます。
まずは小型のキットでスタートし、水耕栽培のコツが分かったところで大型キットに移行するとよいでしょう。
予算はどれくらい必要?

もっとも手軽なのは、溜めた養液に根を張らせるタイプで、2,000~5,000円程度で購入することができ、1〜3株程度の栽培ができます。
これより大きなタイプですと、5,000~1万円程度で購入することができます。ベビーリーフや小型のハーブであれば、これらのキットのみで栽培することができます。
より大型の野菜や、室内の日が当たらない場所で栽培するのであれば、LEDライトがついているものや、ライトを増設するなどの必要も出てきます。
また、キット内に養液を溜めるので、設置するためのラックが必要になる場合もあります。ある程度本格的に栽培を行う場合は、初期費用として3万円ほどかかることを想定しておきましょう。
水耕栽培は、こんな人におすすめ!

室内で水耕栽培をすれば、病気や害虫の被害を受けにくいので、無農薬で野菜をつくることができます。極力農薬を使っていない野菜を食べたいのであれば、水耕栽培に挑戦することをおすすめします。
また、野菜づくりをしてみたいけれど、土を耕したり、草むしりなどの畑仕事、害虫に抵抗がある人にもおすすめです。
近年は夏の暑さが厳しく、梅雨明けから秋までは戸外での農作業をするのがなかなか大変になってきていますが、室内で栽培をすれば夏の間も暑さを気にせず、収穫を楽しむことができます。
夏以降は台風の襲来などで、せっかく育てた野菜が被害を受けることもありますが、そうした自然災害の影響を受けにくいのもよいところです。
シニア世代だと、作業のたびに立ったり座ったりすると膝や腰に痛みを感じるという人も少なくありませんが、作業しやすい場所にキットを設置すれば、そうしたストレスからも開放されて作業や収穫を楽しむことも可能です。
水耕栽培はLED照明を使えば、室内でも楽しむことができます。ですので、マンション暮らしで庭がないけれど、ベランダやキッチンで菜園を楽しみたいという人にもうってつけといえます。
自分の手で野菜を育てよう!

クリーンな野菜を簡単に作ることができる水耕栽培のメリットや、栽培のポイントをお分かりいただけたでしょうか? 畑や庭がなくても野菜が育てられ、土いじりや畑仕事に抵抗がある人、都会暮らしの人、どこでも誰でも挑戦できるのが水耕栽培のよいところ。
ぜひ皆さんも、水耕栽培でおいしい野菜を育ててみてください。
Credit

文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
Photo/ 1) Elizaveta Galitckaia 2) xiao yu 3) muART 4) Vasehaus 5) BallBall14 6) Nikolay_E 7) igorstevanovic 8) Pormezz 9) Rawpixel.com 10) DKai 11) Geshas 12) takasu 13) eamesBot 14) Pixel-Shot 15) Hirundo 16) Hortimages 17) Caroline Ericson 18) Lukienko 19) Voyagerix 20) Billion Photos 21) KucherAV 22) j.chizhe /shutterstock.com
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