すらりと長く伸びた茎の先に、青紫色や白色など爽やかな色合いの花が咲くアガパンサス。じめじめとした梅雨時期から暑い夏にかけて花開き、涼しげな姿で私たちを楽しませてくれます。原産地は南アフリカで、基本的には植えっぱなしでも育つ丈夫な植物です。ただし、生育促進と花つきをよくするには、いくつか気遣いたいポイントがあります。そのひとつが肥料の与え方。今回は、NHK『趣味の園芸』などの講師としても活躍する園芸研究家の矢澤秀成さんに、上手な肥料の与え方を教えていただきました。
目次
アガパンサスを育てる前に知っておきたいこと
アガパンサスは、冬でも葉が枯れない多年草タイプの品種と、冬になると地上部が枯れる宿根草タイプの品種があります。また、1m以上育つ大型種から、鉢植え栽培しやすい30~40㎝程度の小型種まであり、“どのように育てたいか”で選ぶのがおすすめです。
まずは、アガパンサスと仲よくなるための基本情報を知っておきましょう。
アガパンサスの基本データ
学名:Agapanthus africanus
科名:ユリ科
属名:アガパンサス属
原産地:南アフリカ
和名:紫君子蘭(ムラサキクンシラン)
英名:Lily-of-the-Nile、African lily、Agapanthus
開花期:5月下旬~8月上旬
花色:白、紫、青、複色
発芽適温:20~25℃
生育適温:15~30℃
切り花の出回り時期:4~7月
花もち:7~10日
アガパンサスは種、苗、根茎の3パターンから、育て始めることができます。ただし、種はほとんど市販されてなく、育てても開花までに4~5年かかり、親の株と同じような花が咲くとは限りません。そのため、苗か根茎から育てるのが一般的です。苗および根茎の植えつけは4月中旬~6月上旬がベストですが、9月中旬~10月中旬も可能。市販の苗と根茎も、ちょうどそのころに出回ります。
前述したとおり、アガパンサスはガーデニング初心者がトライしやすい植物です。栽培がより楽しめるよう、育て方のコツを次の項以降で見てみましょう。
アガパンサスには栄養を補うための肥料が必要です
植物を栽培するとき、水やりは日常的に行っても、肥料はあまり…、というかたはいるでしょう。特に、アガパンサスはとても丈夫なので、確かに肥料を与えなくても、ある程度は育ちます。しかし、多肥を好む植物ですので、肥料不足だと開花しない可能性があるのです。
植物は生きていく上で、光、水、栄養が不可欠です。なかでも、アガパンサスのように花を咲かせる植物は、開花の際に栄養分が必要になります。土耕栽培の植物は、土中のさまざまな栄養素を根から吸収していますが、含まれる栄養素は土によって千差万別。これは市販の培養土も同様です。
土に植えられた植物は、その根が届く範囲で必要な栄養素を吸収しています。しかしその状態が続くと、土中の栄養素に偏りが出たり、栄養不足になったりして、生育が妨げられることに。特に、鉢植え植物は根を張れるスペースが限られるため、この影響を受けやすいのです。そのため、土中の栄養素をバランスよく補える「肥料」が、必要になります。
種類を知ることが、適した肥料選びの近道
ホームセンターや園芸店の店頭には、数多くの肥料が並んでいます。「草花用」「花と野菜の肥料」と書かれているもの、「バラ専用」「パンジー・ビオラ専用」と植物が限定されているものなど、ラインナップはじつに多彩。肥料の種類は多岐にわたり、それぞれに特性があります。
では、アガパンサスにはどのような肥料を与えるとよいのでしょうか? それを知るためにはまず、肥料全般において基本的なことを知るのが大切です。
肥料は大きく分けて、有機質肥料と無機質肥料の2種類があります。
有機質肥料
油かす、骨粉、魚かす、鶏ふん、牛ふんなど、動植物由来の有機質が原料の肥料。独特のにおいがします。土壌中の微生物によって分解された栄養素を植物が吸収するため、効果はゆっくりと現れます。
無機質肥料(化学肥料)
鉱物などの無機質を原料として、化学的に合成した肥料です。化学肥料、化成肥料とも呼ばれています。ほぼ無臭で初心者でも扱いやすく、効果が早く現れるのが特徴です。
また、肥料は効き方別に、緩効性(かんこうせい)肥料、遅効性肥料、速効性肥料の3種類に分けられます。
緩効性肥料
成分が緩やかに溶け出し、効きめが一定期間持続する肥料です。
遅効性肥料
植物に与えてしばらく時間が経ってから、効きめがゆっくり出始める肥料。土中の微生物が分解することで成分が溶け出すため、効果発揮に時間がかかります。有機質肥料のほとんどが、この遅効性肥料です。
速効性肥料
植物に与えると成分が速やかに吸収され、効きめがすぐに現れます。一方で、効果が早めになくなり、持続性はありません。
肥料は粒状、粉状など、形状はさまざまですが、大きく分けると固形と液体の2タイプがあります。
固形肥料
粒状や粉状、小石ほどの大きさのもので、有機質肥料と無機質肥料のどちらにもあります。土に混ぜる、上からまく、置くといった方法で植物に与えます。
液体肥料
無機質肥料の一種で、水で希釈して使う液体タイプです。
液体肥料と混同しやすいものに、植物活があります。これは肥料ではありません。日本では、肥料は一定量の成分を含むことが法律で定められています。その基準に満たないものが、植物活力剤。人間でいうと、サプリメントなど栄養補助食品のような役割を果たします。植物活力剤を使う際は、植物にとっての主食である肥料と併用しましょう。
植物に必要な、肥料の三大要素
人間の成長に栄養素が欠かせないのと同じく、植物が育つためにはいろいろな栄養素が必要です。なかでも大切なのが「チッ素(N)」「リン酸(P)」「カリ(K)」の3つで、肥料の”三大要素”といわれています。
N:窒素(nitrogenous) 一般的に「チッ素」と呼ばれています。枝や葉の生育に必要な養分で、別名”葉肥(はごえ)”とも。
P:リン酸(phosphate) 一般的に「リン」あるいは「リン酸」と呼ばれています。花や実の成長を促進させる働きをもち、”花肥(はなごえ)”、”実肥(みごえ)”ともいわれます。
K:カリウム(kalium) 一般的に「カリ」と呼ばれています。茎や葉を丈夫にして、根の成長を助ける働きがあり、別名は”根肥(ねごえ)”。
この3つは通常、上記の順で「N-P-K」と表示され、肥料の配合比率を表しています。市販肥料の袋に書かれている「10-8-7」といった数字は、チッ素(N)、リン酸(P)、カリ(K)が10:8:7の比率で配合されている、という意味です。
N-P-K以外に必要な要素は?
三大要素のほか、必要量は少ないものの極端に不足すると生育に影響するのが、ミネラル類です。この要素は、中量要素と微量要素のふたつに分けられます。中量要素には、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg・苦土)、イオウ(S)があります。一方、微量要素には亜鉛(Zn)、塩素(Cl)、鉄(Fe)、銅(Cu)、ホウ素(B)、マンガン(Mn)、モリブデン(Mo)があります。三大要素に、これらの中量要素や微量要素を加えた肥料が市販されていて、植物を健康的に育てるうえでおすすめです。
こんなタイプの肥料が、アガパンサスにおすすめ
アガパンサスに適しているのは、開花に必要不可欠なリン酸(P)が多い肥料です。市販の肥料を購入する際は、袋に記載された配分比率でリン酸の数値が高いものを選びましょう。また、開花後にカリ肥料を与えると、葉色や翌年の花つきがよくなります。
逆に、与えない方がよいのはチッ素(N)が多い肥料。前述のとおり、チッ素は枝や葉の生育を促進する栄養分です。アガパンサスはチッ素が多い肥料を与えすぎると、花つきが悪くなるため、注意してください。
園芸初心者は、粒状の緩効性化成肥料が扱いやすいでしょう。栄養分がゆっくりと溶け出すため、肥料やけ(後述参照)を起こしにくく、効果の継続期間が1~2か月(種類や季節により変化)と長いので、肥料の回数が少なくても大丈夫です。液体肥料を使うなら、与える頻度は多くなります。
肥料を与えはじめる、時期とタイミング
肥料の与え方には、大きく分けて「元肥(もとごえ)」と「追肥(ついひ)」の2種類があります。
元肥
種まきや植えつけ時の土に混ぜて与える、最初の肥料です。元肥には通常、効果が緩やかで長く続く緩効性肥料を使います。
追肥
元肥は植物の生育とともに効果が薄れてくるため、生育途中で肥料を補います。これを追肥といいます。
アガパンサスは鉢植えも地植えも、元肥と追肥を必ずあげないと育たない、というわけではありません。しかし、与えれば生育と花つきがよくなるので、できれば施してあげましょう。
アガパンサスへの肥料の与え方が知りたい
アガパンサスへは、どのように肥料を与えればよいでしょうか。
アガパンサスは主に、苗から育てる方法と、根茎から育てる方法のふた通りがあります。ともに、植えつけは4月中旬~6月上旬、または9月中旬~10月中旬がベストシーズンです。苗も根茎も、基本的には鉢植えと地植えで育てられますが、肥料の与え方に多少の違いがあります。
鉢植えの場合の与え方
鉢植えは、草花用培養土で育てるなら元肥不要で、配合土で育てるなら緩効性化成肥料を土に混ぜておきます。その後、4月中旬~6月上旬と9月中旬~10月中旬に追肥をします。この期間に、2か月に1回程度置き肥をするか、または2週間に1回程度液体肥料を与えてください。
地植えの場合の与え方
地植えで育てる場合は、植えつけ時に堆肥や腐葉土をよく混ぜておけば、あとは肥料を与えなくても大丈夫です。ただし、花つきを多くしたい、より立派に育てたいということであれば、春と秋に少量の緩効性化成肥料を追肥で与えると効果的でしょう。
アガパンサスに肥料を与えるときの注意点は?
アガパンサスに限らず、植物に肥料を与えるときは必ず、正しい使用量と使い方を守りましょう。市販肥料には、袋や添付されている説明書に、その肥料の成分や効果、使用量の目安、使い方(土に混ぜる、水で希釈するなど)が記載されています。これを守らずに植物に肥料を与えると、健康的に育つどころか、かえって成長を妨げることがあります。
肥料をあげすぎると「肥料やけ」が起きます
「肥料やけ」とは、肥料を多く与えすぎることで起こる現象です。土中の肥料成分が高濃度になり過ぎると根が傷み、株が元気をなくしたり、根腐れを起こして枯れてしまったりすることがあります。肥料は、使用量の目安と使い方を守ること。特に、鉢植えの場合は土の量が限られていて、肥料成分が高濃度になりやすいので、肥料やけが起きやすくなります。
また、元肥で与えるときに肥料が根に触れてしまうと、やはり肥料やけを起こします。植え替え時も注意が必要です。植え替え直後の植物は根を傷めています。この状態で追肥を与えると、肥料やけの原因に。植え替えから2週間程度おいて与えるとよいでしょう。
アガパンサスは、多少悪環境でも枯れたりしおれたりといった変化が起きにくい植物です。そのため、観察は定期的にしっかり行って、ほどよく肥料を与えてください。
Credit
監修/矢澤秀成
園芸研究家、やざわ花育種株式会社・代表取締役社長
種苗会社にて、野菜と花の研究をしたのち独立。育種家として活躍するほか、いくとぴあ食花(新潟)、秩父宮記念植物園(御殿場)、茶臼山自然植物園(長野)など多くの植物園のヘッドガーデナーや監修を行っている。全国の小学生を対象にした授業「育種寺子屋」を行う一方、「人は花を育てる 花は人を育てる」を掲げ、「花のマイスター養成制度」を立ち上げる。NHK総合TV「あさイチ」、NHK-ETV「趣味の園芸」をはじめとした園芸番組の講師としても活躍中。
構成と文・白神雅子
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