花木であるボタン(牡丹)には剪定作業が必要ですが、植えつけ前の苗木にも行うといわれたら意外な感じがしませんか? ひと口に「剪定」といっても作業の内容はさまざまで、それぞれに目的と適期が異なります。初心者も失敗なくできるよう、ボタン(牡丹)の剪定の方法とコツを、NHK『趣味の園芸』などの講師としても活躍する園芸研究家の矢澤秀成さんにお聞きしました。
目次
ボタン(牡丹)を育てる前に知っておきたいこと
中国で2世紀ごろから薬用として重宝されていたボタン(牡丹)は、花の美しさから5世紀ごろには観賞されるようになりました。日本へは奈良時代(または平安時代)に薬用植物として伝わり、園芸用としての人気が高まって江戸時代には栽培のための参考書が出版されるまでになりました。
現在、園芸用で広く普及しているのは春咲き品種(春牡丹)で、他に、早春と初冬に花を咲かせる二季咲き系(寒牡丹)があります。また、冬牡丹と呼ばれるものもありますが、これは春牡丹を1〜2月に咲くように温室などで調整したものです。今回は春牡丹を基準に説明します。
ボタン(牡丹)の基本データ
学名:Paeonia suffruticosa
科名:ボタン科
属名:ボタン属
原産地:中国北西部
和名:牡丹(ボタン)
英名:Tree peony
開花期:4〜5月
花色:赤、ピンク、黄、オレンジ、白、紫、複色(絞り咲き含む)
発芽時期:2〜4月ごろ(翌年の花芽形成開始時期:5〜7月ごろ)
生育適期:通年(高温多湿には弱い)
ボタン(牡丹)は一度植えつければ毎年花を咲かせる落葉低木です。種から育てると最初の花が咲くまでに5〜10年(品種により異なる)を要するので、苗木から育てるのが一般的です。
苗木が市場に出回るのは、植えつけに適した9〜10月ごろです。市販の苗木はほとんどが同じボタン科ボタン属の草であるシャクヤクを台木にした接ぎ木苗なので、苗から伸びている根はボタン(牡丹)の根ではなく、シャクヤクの根であることを理解しておきましょう。
苗木を植えつけた翌春には花が咲きます。しかし、株そのものの勢いは弱ってしまいます。ボタン(牡丹)の根の成長はきわめて遅く、植えつけて半年ほどでは太さが1cmにもなりません。シャクヤクの根の力だけで花を咲かせたボタン(牡丹)はひ弱で、数年後に枯死しても不思議ではありません。
ボタン(牡丹)は育てるのが難しいと思われがちですが、寒さや乾燥に強く、本来は丈夫で育てやすい植物です(過湿と暑さは苦手です)。一年目は花を咲かせず、早い時期に蕾を摘み取って花を咲かせないことが大切です。こうすることで、ボタン(牡丹)は自根でしっかり育ち、花を長く楽しめます。
鉢でも露地でも育てることができ、鉢植えの場合も戸外で管理します。
ボタン(牡丹)には剪定が必要です
植物をそのままにしておくと茎や枝が無造作に伸びて形が乱れたり、採光や通風が悪化して病害虫の被害を受けたりします。そうした事態を避けるために樹木や多年草、花期の長い一年草は、枝の一部を切り取ってやります。その作業の総称が「剪定」です。
切る方法で分けると、樹木の剪定にはおもに次のものがあります。
すかし剪定
枝を間引く剪定。枝をつけ根で切り落とし、枝の本数を減らす
切り戻し剪定
枝を短く切る剪定。残す芽を選び、不要な芽のついた部分を切り落とす
刈り込み
表面全体を均一に揃えて切る剪定。人工的な形に仕立てたり、その形を維持するために不要な部分を刈り取る
また、樹木に与えるストレスの強さによって「強剪定」/「弱剪定」、行うタイミングによって「夏剪定」/「冬剪定」などと分けることもあります。
ボタン(牡丹)は、結実を抑え、花つきをよくさせる目的でも剪定をします。一般的な春咲き品種は秋(9〜10月)に剪定を行います。また、枝こそ切らないものの、趣旨やプロセスを考えると剪定とは切り離せない作業もいくつかあります。ボタン(牡丹)に必要な剪定作業と、剪定と関連の深い作業には次のものがあります。
切り戻し……※前述の「切り戻し剪定」を参照
枝すかし……※前述の「すかし剪定」を参照
葉刈り……葉を切り取る作業
台芽かき……台木の芽をかき取る作業
ひこばえの整理……根元から伸びてくる細い枝をかき取る作業
摘蕾(てきらい)……つぼみを摘み取る作業
花がら摘み……終わった花を摘み取る作業
芽つぶし(芽かき)……新しく伸びた茎についた芽をつぶす作業
それぞれの作業の目的や具体的な方法は次項以降で紹介します。
知りたい! 剪定する目的とメリット
なんとなく難しい印象のある剪定ですが、作業の目的と方法を知っていれば、技術や経験のない初心者でも適切に行うことができます。ボタン(牡丹)に必要な剪定作業と剪定関連の作業を詳しく見ていきましょう。
切り戻しの目的とメリット
樹の勢いを強くさせるほか、大きく生長した後は樹を小さくする目的でも行います。
植えつけ前の苗木に行う切り戻しは、根の勢力回復を期待して行うものです。市販の苗木は運搬や陳列に都合がよいように根を短く切り詰められているので、地上部をコンパクトにすることで根の負担を軽減してあげます。
栽培途中の株に対しては、樹高を抑えてがっしりした株に育てたい場合にも行います。
切り戻しをすると見た目は一時的に劣りますが、養分が株全体に行き渡り、生育や開花を促します。
枝すかしの目的とメリット
枯れ枝や徒長枝(伸びすぎた枝)、車枝(一箇所から何本も出た枝)、混みすぎた枝などを取り除いて樹の姿を整えたり、日当たりや風通しをよくするために行います。病害虫を予防し、他の枝に養分を行き届かせるなど、樹を元気にする効果もあります。
葉刈りの目的とメリット
芽を充実させるために行います。作業後は茎に葉柄(葉と茎を接続する小さい柄)だけが残る状態になるので、直後に行う切り戻し剪定がやりやすくなります。
台芽かきの目的とメリット
シャクヤク(接ぎ木苗の台木)の芽を摘むために行います。行わなければ、ボタン(牡丹)の生育が衰えてやがて枯死するというデメリットしかありません。
ひこばえの整理の目的とメリット
株立ちするボタン(牡丹)の幹が増えすぎないようにするために行います。芽が若いうちに行う「枝すかし」と考えてよいでしょう。
摘蕾(てきらい)の目的とメリット
花数を調整し、株の負担を軽減するために行います。より少ない数のつぼみに養分が集中するので、一つひとつの花の見事さが増します。摘み取ったつぼみは切り花として楽しめます。
花がら摘みの目的とメリット
株が実を結ばないように行います。株の養分の浪費や病害虫の発生を抑え、翌年の花つきをよくします。
芽つぶし(芽かき)の目的とメリット
草花にとっての摘心と趣旨は同じで、花芽を充実させたり、枝の間延びを防ぐ目的で行います。3〜4か月後に行う切り戻し剪定の下準備も兼ねます。
剪定に適した時期を見極めましょう
ボタン(牡丹)の剪定は作業ごとに適する時期が異なります。むしろ、適期でないときにその作業をしてはいけません。いつ、何を、どうするのか。実際のボタン(牡丹)栽培のプロセスに沿って剪定の適期(春咲き品種を温暖地=本州の大部分の地域で栽培する場合)と基本的な方法を見ていきましょう。
切り戻しの適期
苗木の場合は9月下旬〜10月下旬の植えつけの直前。植えつけから1〜2年以降の株の場合は、葉が黄色くなってくる9月下旬〜10月下旬ごろで、「葉刈り」の後です。
基本的な方法
苗木の場合は、苗の接ぎ木部[シャクヤクとボタン(牡丹)との境界]近くの1〜2芽だけを残し、幹を短く切り詰めます。
植えつけから1〜2年以降の株の場合は、枝の基部に近い花芽を1〜2芽だけ残し、その1cmほど枝先側を切ります。
枝すかしの適期
葉が黄色くなってくる9月下旬〜10月下旬ごろ。「切り戻し」と同時に行います。
基本的な方法
不要枝(混みすぎた枝や伸びすぎた枝、枯れ枝など)をつけ根で切ります。太い枝は剪定ノコギリを使って、切り口が滑らかになるようていねいに切りましょう。不要枝を整理した後に、間引きする枝(樹形を乱している枝など)を選んで同様に切ります。
葉刈りの適期
葉が黄色くなってくる9月下旬〜10月下旬ごろ。「切り戻し」の前に行います。葉は光合成に不可欠なので、活動が盛んな時期(春〜夏)に刈ってはいけません。
基本的な方法
葉柄(葉と茎を接続する小さい柄)を少し残して、すべての葉(緑を残している葉も含めて)をハサミで切り取ります。残した葉柄は自然に枯れて落ちるので放っておきます。
台芽かきの適期
4〜6月ごろ。ボタン(牡丹)の株元に、シャクヤクの芽が発生した場合。
基本的な方法
シャクヤクの台木から伸びた芽が、ボタン(牡丹)の株元に発生したら、シャクヤクの芽を土のきわで切るか手で折って取り除きます。その芽がシャクヤクのものかボタン(牡丹)のものか見分けがつかない場合は、葉が開くのを待って、葉が丸みのある形をしていたらシャクヤク、葉先がギザギザならボタン(牡丹)と判断します。
ひこばえの整理の適期
適期は、4〜6月頃です。
基本的な方法
一般的にボタン(牡丹)は株立ち性(複数の幹が立ち上がるように育つ性質)の樹木なので、自根がしっかり張った株からは何本ものひこばえ(若芽)が生えてきます。幹として育てていく芽は残し、それ以外を土のきわで切るか手で折って取り除きます。適期を過ぎた後に整理したくなった場合は、不要枝として秋の剪定で切りましょう(※「枝すかし」を参照)。
摘蕾(てきらい)の適期
5月ごろ。つぼみが膨らんでほころび始めるころ。新しく伸びた茎が太りきっておらず、つぼみが小さくて固いうちは行いません。
基本的な方法
株に残しておくつぼみを決め、それ以外を、茎を10cmほどつけて切り取ります。特に、植えつけて年数の浅い株はすべてのつぼみをきれいに咲かせる体力がないので、必ず行いましょう。
花がら摘みの適期
5〜6月頃の開花期間。花の色が褪せたり、形が崩れかけてきたとき。
基本的な方法
花の下の一枚葉の下にハサミを入れ、花がらを取り除きます。
芽つぶし(芽かき)の適期
6月頃、花が終わったあとが適期です。
基本的な方法
葉柄の付け根に出てきた芽のうち、株の基部に近い2〜3芽だけを残し、他をピンセットでかき取ります。
ボタン(牡丹)の剪定のポイントは、残す芽の選び方です
ボタン(牡丹)の剪定では、不要な枝を整理する目的で行う作業は「枝すかし」と「ひこばえ整理」くらいです(「3.知りたい! 剪定する目的とメリット」「4.剪定に適した時期を見極めましょう」を参照してください)。そのうち「枝すかし」は、「芽つぶし(芽かき)」と「切り戻し」を適切に行っていれば、する機会もあまりないと思います。
他の樹木と同じように、ボタン(牡丹)には、上方かつ先端の芽ほど生長が著しく、下方の芽の生長が抑えられる「頂芽優勢」の性質があります。そのまま放置していると丈ばかりが伸び、伸びた枝の頂部に花を咲かせるため、毎年花の位置が上がっていくアンバランスな樹に育ってしまいます。
ボタン(牡丹)の剪定でもっとも意識すべきことは花芽を残すことです。幹の低い位置で花を咲かせるために、「芽つぶし(芽かき)」の際に、葉柄の付け根に出てきた芽のうち、ひとつの枝につき株の基部に近い2〜3芽だけを残します。するとそれが7〜8月ごろに分化して花芽になります。
がっしりした株に育てるには「切り戻し」を行います。そのときに残す芽と摘む芽を選ぶ場合は、「芽つぶし(芽かき)」と同様に株の基部により近いものを残すようにします。そして、残す芽のなかでもっとも外側の芽の1cmほど先端側で枝(茎)を切り落としましょう。
「切り戻し」のころは花芽と葉芽の見分けがつくようになっていて、花芽はふっくらと丸みを帯びています。翌年の開花を諦めてでも弱った株を回復させたいときなど、花芽をあえて摘む場合もあります。
ボタン(牡丹)を剪定するときの注意点はこちらです
剪定は、植物の切り口が乾きやすい晴れた日の午前中に行いましょう。ただし、ボタン(牡丹)は癒合組織(切り口を塞ぐ組織)を形成しにくいため、「切り戻し」「枝すかし」の後は、つぎロウ、20倍ほどに薄めた木酢液、市販の癒合剤のいずれかを切り口に塗って、細菌の侵入を防ぎましょう。
道具も、適切なものを清潔な状態で使いましょう。ボタン(牡丹)の剪定で主に使用する道具は次のとおりです。
剪定バサミ
直径1.5㎝くらいまでの茎や枝を切るときに使います。手の大きさに合ったものを選びます。良く切れる清潔な剪定ハサミを使用しましょう。
剪定ノコギリ
剪定バサミでは切りにくい太い茎や枝を切るときに使います。持ち手に角度がついていて、あまり力を入れなくても切ることができます。清潔なノコギリを使用しましょう。
ピンセット
不要な芽をかき取るときに使います。
手袋
ケガやかぶれ、虫刺されを防止します。
使用後の道具は汚れや樹液を拭き取るなどして、清潔さや切れ味を保ちましょう。金属部分にはサビ防止スプレーなどを吹きつけておくと安心です。
Credit
監修/矢澤秀成
園芸研究家、やざわ花育種株式会社・代表取締役社長
種苗会社にて、野菜と花の研究をしたのち独立。育種家として活躍するほか、いくとぴあ食花(新潟)、秩父宮記念植物園(御殿場)、茶臼山自然植物園(長野)など多くの植物園のヘッドガーデナーや監修を行っている。全国の小学生を対象にした授業「育種寺子屋」を行う一方、「人は花を育てる 花は人を育てる」を掲げ、「花のマイスター養成制度」を立ち上げる。NHK総合TV「あさイチ」、NHK-ETV「趣味の園芸」をはじめとした園芸番組の講師としても活躍中。
構成と文・橋 真奈美
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