夜に濃厚な香りを放つ、まっ白な花を咲かせることで有名なゲッカビジン(月下美人)は、サボテンの仲間です。年にいちどしか花が咲かないなどとも言われていますが、実際は育て方次第で年に3~4回開花することもあります。今回は、ゲッカビジン(月下美人)の栽培に必要な肥料や正しい与え方・注意点について、NHK『趣味の園芸』などの講師としても活躍する、園芸研究家の矢澤秀成さんにお聞きしました。
目次
ゲッカビジン(月下美人)を育てる前に知っておきたいこと
ゲッカビジン(月下美人)を育てるにあたって、知っておきたいことを確認していきましょう。
ゲッカビジン(月下美人)の基本データ
学名:Epiphyllum oxypetalum
科名:サボテン科
属名:クジャクサボテン属
原産地:メキシコ熱帯雨林地帯
和名:月下美人(ゲッカビジン)
英名:Dutchman’s Pipe、Queen of the Night
開花期:7~11月
生育適温:8~10℃以上
自生地では、木の幹や枝に着生するゲッカビジン(月下美人)ですが、家庭では鉢植えで栽培することができます。夜に花が咲く性質は、花粉を媒介してくれるコウモリが夜行性であることに適応したためだといわれています。
ゲッカビジン(月下美人)の花を咲かせるには、気温や日光量などの生育環境を整えて、ある程度の大きさまで株を育てる必要があります。手間も時間もかかるぶん、開花した時の喜びはひとしおです。
ゲッカビジン(月下美人)には栄養を補う肥料が必要です
植物は光を使って光合成を行い、二酸化炭素と水で炭水化物を作ります。そして、植物体を構成するのに必要な、その他の栄養成分は、主に根から吸収しています。
つまり、ゲッカビジン(月下美人)を含め植物が生きていくためには、光、水、栄養が必要不可欠です。自然界では落ち葉や昆虫の死骸、動物の糞などが腐って植物の栄養となりますが、そうしたサイクルのない鉢での栽培では、肥料という形で栄養を補う必要があります。
人工的に与える肥料は、必要な成分を必要なだけ与えることができるため、植物を元気にして成長を促したり、開花や結実率を上げたりできるメリットがあります。
種類を知ることが、適した肥料選びの近道
肥料にはさまざまな種類があり、形状や効き方など、その肥料がもつ特徴によって分けることができます。原料を基準にすれば、有機質肥料と無機質肥料に分けられ、効き方であれば即効性肥料、緩効性肥料、遅効性肥料の3つに分類できます。
また、肥料の形状には、固形肥料と液体肥料の2種類があります。それぞれがどのような肥料なのか、順番に見ていきましょう。
原料での種類
有機質肥料
鶏や牛の糞や草木灰、油粕や骨粉など、原料が動植物由来の肥料を有機質肥料といいます。土壌の微生物に分解されて、初めて植物に吸収されるので、即効性はありません。しかしそのぶん、いちどに多くを与えても肥料濃度による障害が出にくいメリットがあります。半面、独特の臭いがあり、有機質をエサにする虫が発生しやすくなります。
無機質肥料
鉱物などを原料に科学的に合成して作られる肥料で、化学肥料、化成肥料とも呼ばれます。有機質肥料に比べて臭いが少なく、使用する植物に合わせて栄養成分が配合されたものが販売されています。しかし、多く与えすぎると、根や植物そのものへの障害が出やすくなります。
効き方による分類
即効性肥料
与えればすぐに効果があらわれる肥料ですが、持続性はありません。液体肥料や無機質肥料などが、これにあたります。
緩効性肥料
与え始めから効果があり、長期間持続する肥料です。肥料の表面にコーティングしたものや水に溶けにくい素材を使用したものなどがあり、もっとも用途が広い肥料です。
遅効性肥料
植物に与えても、すぐに効果はあらわれません。有機質肥料がこのタイプにあたり、水分や微生物に分解されてから、少しずつ効いていきます。
形状での違い
固形肥料
固形肥料には、土に置く錠剤タイプや混ぜたりばらまいたりして使う粒状・粉状のタイプがあります。原料が無機質肥料のものは緩効性で、有機質肥料のものは遅効性なのが一般的です。
液体肥料
無機質肥料を液状にした製品が多く、水で希釈するタイプと、そのまま使用できるストレートタイプのものがあります。即効性があるので、鉢植えの追肥にすることが多く、小さな容器をそのまま土に挿し込んで使うものもあります。
植物に必要な、肥料の三大要素
植物の肥料といえば必ず登場する成分に、チッ素(N)、リン酸(P)、カリ(K)があります。この3つは「肥料の三大要素」といわれ、植物を育成していくうえで、比較的大量に必要とする成分です。それぞれ次のような役目があります。
N:窒素(nitrogenous) 一般的に「チッ素」と呼ばれます。植物の幹や葉を大きくし、葉色を濃くする作用があるため、別名、“葉肥(はごえ)”とも。植物体のタンパク質や、光合成のための葉緑素を作るのに欠かせない要素です。
P:リン酸(phosphate) 一般的に「リン」あるいは「リン酸」と呼ばれます。植物の細胞を構成する成分で、開花や結実にかせない事から、”花肥(はなごえ)”“実肥(みごえ)”といわれています。植物全体のなかでも、特に茎や根の先端に多く含まれています。他の2要素と違い、多く与えても障害を起こす心配はありません。
K:カリウム(kalium) 一般的に「カリ」と呼ばれます。カリはカリウムのことで、根や球根の発育を促す作用があることから、“根肥(ねごえ)”といわれます。植物体内ではカリウムイオンの状態で存在し、常に移動しながら成長の促進を図っています。また、寒さや病気に対する抵抗力をつけるのにも役立つ要素です。
N-P-K以外に必要な要素は?
植物が育つには、三大要素(N-P-K)以外にも多くの肥料成分が必要です。三大要素に次いで必要量が多いのは、カルシウム、マグネシウム、イオウの3種類で、それぞれ次のような働きがあります。
カルシウム
植物内の細胞同士を力強く結びつける働きがあり、根の正常な発育には不可欠です。土壌内ではアルカリ性を示すため、酸性土の中和にも用いられます。
マグネシウム
チッ素同様、植物の光合成に必要な葉緑素の重要な構成成分です。また、脂肪の生成にも深くかかわっています。
イオウ
植物体中の酸化還元や成長の調整など、生理作用にかかわりがあります。植物体のタンパク質を作るアミノ酸のなかにはイオウが欠かせないものがあり、不足すると発育不良を招きます。
そのほか、ごく微量ながら生育に欠かせない要素に、鉄、マンガン、ホウ素、亜鉛、モリブデン、銅、塩素の7種類があります。これらの微量要素が不足すると、葉の変色や変形などを起こします。
ゲッカビジン(月下美人)におすすめの肥料
ゲッカビジン(月下美人)は、比較的、肥料を大量に必要とする植物です。また、株の大きさによって必要とする要素に違いがあります。
ゲッカビジン(月下美人)に最適な肥料のタイプは、緩効性の無機質肥料と即効性のある液体肥料です。開花に十分な大きさの株の場合には、チッ素が少なくリン酸とカリが多めに配合された肥料で、茎や葉が育ちすぎるのを防ぎましょう。
一方、幼苗の場合には、チッ素の多い肥料を施して、株の成長を促すのがおすすめです。
肥料を与えはじめる、時期とタイミング
植物への施肥には元肥と追肥があり、それぞれ与える意味合いやタイミングが違います。
元肥とは、苗や苗木を定植したり植え替えたりする前に土に施しておく肥料のことです。発育を止めないために施すので、与えてもすぐに効果があらわれない有機質肥料や、緩効性、遅効性の肥料を使用します。
追肥とは、植物の成長に合わせて、必要な栄養を補給するために与える肥料のことです。すぐに効果があらわれる無機質肥料や、即効性の液体肥料が使われるのが一般的です。
ゲッカビジン(月下美人)の場合、肥料を与えるのは4~10月の間です。休眠期に入る冬は、一切必要ありません。
元肥の適期
ゲッカビジン(月下美人)の植えつけや植え替えができるのは5~9月なので、元肥を与えるタイミングも同じ時期となります。
ゲッカビジン(月下美人)に使用できる市販の培養土(クジャクサボテン用やシャコバサボテン用、多肉植物用など)、もしくは赤玉土:鹿沼土:腐葉土を5:2:3の割合で混ぜたものを用意し、そこに緩効性の無機質肥料を混ぜ込んで与えましょう。
使用量は鉢の大きさや肥料の種類によっても違うので、注意書きに従ってください。
追肥の適期
植え替えなどを行った鉢植えに追肥をする時期は、元肥を与えてから40日から60日後がちょうどよいタイミングです。ゆっくりと効いてくれる緩効性の無機質肥料と、即効性の液体肥料を並行して使用していきましょう。施肥方法の詳細は、次の項で詳しく紹介します。
ゲッカビジン(月下美人)への肥料の与え方が知りたい
実際に、ゲッカビジン(月下美人)を育てる過程での肥料の与え方を見てみましょう。植えつけ、植え替え時期にあたる5~9月の間に、用意した土に元肥として緩効性化成肥料を混ぜ込んで植えつけをします。
元肥の効果が切れてくる40日から60日後を目安に、追肥を開始します。緩効性の無機質肥料(粒状や錠剤)を月にいちど株元に置き、同時に即効性の液体肥料を2週間にいちどぐらいの割合で与えましょう。
元肥、追肥ともに、開花株であれば多肉植物用の肥料を使用すると簡単で便利です。挿し木由来の幼苗は、窒素割合が多いものを選びます。花を付ける株まで育ったら、窒素の割合の多い肥料を施すと花芽を付き難くなりますので注意しましょう。生育期にあたる4~10月の間は切らさないように施肥を続け、11月以降、冬の間はすべてストップします。
ゲッカビジン(月下美人)に肥料を与えるときの注意点は?
ゲッカビジン(月下美人)に肥料を与える時の注意点は、生育期の間は肥料を切らさないということです。大半の植物は肥料が多すぎると障害が出がちですが、ゲッカビジン(月下美人)は多くの肥料を欲しがります。
ただし、冬場の施肥は、株を傷める原因にもなるので控えてください。
肥料をあげすぎると「肥料やけ」が起きます
植物の元気がなくなると、肥料をあげたほうがよいのではないかと、考える人が多いのではないでしょうか。しかし、肥料をあげすぎたが故に、具合が悪くなることがあります。それが「肥料やけ」です。
たくさんの肥料を与えすぎて、土壌の肥料濃度が高くなると、根は栄養が吸収できなくなるばかりか土に水分を奪われて萎れ、最終的には株そのものが枯れてしまうこともあります。
比較的多くの肥料を必要とするゲッカビジン(月下美人)が肥料やけを起こすことはあまりありませんが、それでも与えすぎには十分に注意が必要です。
気温や日光、水やりなどの栽培環境に問題がないのにも関わらず、葉の色が濃く変色してきたり、株の状態が目に見えて弱ってきたりしている場合には、肥料やけを疑ってみましょう。
万が一肥料やけを起こした場合には、株を鉢から抜き、ダメージを受けた根を整理したうえでよく水洗いをしてください。その後は肥料成分が含まれていない新しい用土で植え替え、ゲッカビジン(月下美人)が元気を取り戻すまで、施肥は控えるようにします。
Credit
監修/矢澤秀成
園芸研究家、やざわ花育種株式会社・代表取締役社長
種苗会社にて、野菜と花の研究をしたのち独立。育種家として活躍するほか、いくとぴあ食花(新潟)、秩父宮記念植物園(御殿場)、茶臼山自然植物園(長野)など多くの植物園のヘッドガーデナーや監修を行っている。全国の小学生を対象にした授業「育種寺子屋」を行う一方、「人は花を育てる 花は人を育てる」を掲げ、「花のマイスター養成制度」を立ち上げる。NHK総合TV「あさイチ」、NHK-ETV「趣味の園芸」をはじめとした園芸番組の講師としても活躍中。
文・ランサーズ
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