歴史に彩られ、世界中から観光客が訪れることで有名な、神奈川県・鎌倉。今回ご紹介する住宅は、観光名所として名高い鶴岡八幡宮から少し離れた高級住宅街の一角にあります。陽射しを受けて輝く黒い外壁が和モダンな印象の「焼杉の家」は、住宅・庭ともに細部まで行き届いた繊細なデザイン。こだわりの住風景を心ゆくまでご堪能ください。
目次
落ち着きを演出する雑木の庭
今回ご紹介する住宅は、神奈川県鎌倉市の住宅街の角地にあります。杉の板を黒く焼いた焼杉の板張りの外壁が日差しに輝き、切妻(きりづま)屋根の破風板(はふいた)と、四目垣(よつめがき)を引き立てています。切妻とは、家の中心の頂点から左右に傾斜した屋根がつく、日本ではもっとも一般的な屋根形状のこと。その屋根の端を覆う板材を破風板と呼びます。道路沿いに設けられた細長い植栽部には、株立ちの高木を中心に中低木を並べ、さらに足元をカバーする下草を取り入れて、奥行きが狭くても落ち着きのある雑木の庭に仕上げています。
外壁は黒一色の焼杉で
この住宅の特徴は、なんといっても外壁の焼杉板張りでしょう。庭の設計・施工は造園会社が行ったものですが、じつはこの住宅の設計は、建築家である施主様ご自身によるもの。焼杉と白木のコントラストが和モダンの印象を感じさせるカラーコーディネートに、施主様のセンスのよさがうかがえます。
焼杉は、日本では昔から伝統的に使用されてきた素材です。文字どおり、杉の板を焼いたものですが、酸化することで耐久性が高くなり、焼けていない内部を保護します。焼き方次第で50年はメンテナンスフリーとされる丈夫な素材ですが、できるだけ軒を深くして雨水が外壁に当たらないようにするなど、配慮をすることでより長く美しく保つことができます。ちなみに、焼杉は直接触ると多少手が黒くはなることもあるのでご注意を。
庭のシンボルツリーである株立ちの高木の背後には、リビング・ダイニングと庭とをつなぐ、縦格子が小粋な掃き出し窓があります。この住宅は、ちょうど掃き出し窓の部分がへの字に折れ曲がる形状になっているため、縦格子の入った窓が、それぞれ左右にスライドするというつくり。黒の焼杉板と、明るい木調の建具が、互いを引き立てています。出入りしやすいよう掃き出し窓の前に置かれた沓脱ぎ石には不整形の石板を使い、その左右に大きめの砕石を並べて、和の趣を強調しています。
道路と玄関ポーチを結ぶのは、大きな石板を使った階段。ポーチ周囲の傾斜を下草で覆うことで、高低差による断絶を和らげ、自然に外界とつながるようにしています。
エジソン電球が照らすエントランスホール
シンプルな木製の玄関ドアを開けると、土壁に囲まれたコンクリートの土間が迎えてくれます。床がコンクリートなので、子どもの遊具も気兼ねなく収納できます。
天井を見上げると、素敵なペンダント照明のエジソン電球が目に入ります。エジソン電球はフィラメント電球とも呼ばれ、透明ガラスの中にフィラメントが光って見えるものです。裸電球という名前でご記憶の方もあるかもしれませんが、アンティーク電球やビンテージ電球などとも呼ばれ、近年、人気が高まっています。こちらの玄関は、以前はエジソン電球風のLEDライトでしたが、明るいもののピンク色っぽくやや不自然だったため、本物のエジソン電球に変更されたそう。「フィラメントのほうが、火に近い明るさで落ち着いた感じがします」と施主様。
室内も土壁に梁と柱が映える和風建築
リビング・ダイニング・キッチンをつなげた広々とした室内は、ベージュ色の土壁に木の梁と柱で構成された、すっきりと居心地のよい空間です。リビングは、先にご紹介した縦格子の掃き出し窓を通じて庭とつながり、室内からも庭景色を楽しむことができます。縦格子の大きな窓はデザインとしても美しく、外の風景を取り込んで部屋を明るくしてくれる一方で、窓の前に植えたシンボルツリーなどの植栽が目隠しとなり、外からの視線は遮ることができます。
壁際の梁には苔玉やガラス器に活けたヘデラを吊り下げ、みずみずしいインテリアに。ヘデラはもともと石積みの土留めの植栽などエクステリアに人気の植物でしたが、今ではインテリアグリーンとしても飾られるようになりましたね。
庭とリビングをつなぐ建具は全開口が可能なので、遮るものなく庭を眺められ、リビングが一層明るく広々とした空間に。フローリングの床も庭景色に自然になじみ、落ち着きのある印象です。
ダイニングキッチンの天井には木箱のプロジェクターが
キッチンの天板や吊り戸棚など、シンクとガスコンロ以外はすべて木製で仕上げられています。ダイニングテーブルも、もちろん木製。使うたびにきれいに手入れしていれば、経年変化でビンテージな風合いになるのも楽しみなダイニングキッチンですね。
ダイニングの天井を見上げると、直方体の木箱が吊り下がっていることに気が付きます。よく見ると、丸い穴の中にカメラのレンズが。なんと、木箱の中にプロジェクターが仕込んであるのです。
じつは、このプロジェクターから映画やビデオをリビングの土壁に映し、大スクリーンで楽しんでいるのです。リビングの壁には、こんな仕掛けもあったのですね! 土壁の縦横比率は、映画鑑賞に最適になるようテレビ画面に合わせたサイズにしてあるという設計者のこだわりも。家族みんなで楽しむホームシアターに変身するリビングなんて素敵ですね。
薪ストーブで冬も暖かく
リビングとダイニングの間には、薪ストーブがあります。薪ストーブは部屋を暖めるのはもちろん、寒い夜にパチパチと薪が爆ぜ、揺らめく炎を見つめていると、精神的にもリラックスし、なんともいえない癒やしを感じます。また、一部がすのこ状になった天井から薪ストーブの温もりが2階に伝わって、家全体が暖かくなります。
土壁をベースに、木製のフローリング、建具、柱、梁と、自然素材で構成されたインテリアは、安らぎと潤いを感じさせる住み心地のよい空間でした。
まとめ
道路沿いの細長い庭も、植栽の高さのバランスをとることで、奥行き感がある雑木の庭に。玄関ポーチへ続く石板の階段の両側には下草を植え、道路と敷地の高低差を柔らかく緩和しています。シックな黒の焼杉板と明るい木材の柱や垂木、縦格子のコントラストで、和モダンなイメージを出すのも素敵ですね。
室内へ足を踏み入れれば、梁や柱を見せたデザインに、温かみのある土壁とフローリングが、飽きのこない落ち着きのある空間を演出しています。明るく開放的な室内は、細部まで細やかなこだわりが詰まった居心地のよい場所。冬場は薪ストーブの上に煮物の鍋やティーポットを置けば、美味しい料理やティータイムを楽しむ、癒やしのひとときを過ごせます。
皆さんも、自然に親しむ新感覚のヒューマンライフを参考にしてみてはいかがでしょうか。
建築設計:一級建築士事務所 アトリエ ユイム吉能雅人
庭園設計:長濱香代子庭園設計株式会社 長濱香代子
Credit
文&写真(クレジット記載以外) / 松下高弘 - エムデザインファクトリー主宰 -
まつした・たかひろ/長野県飯田市生まれ。元東京デザイン専門学校講師。株式会社タカショー発行の『エクステリア&ガーデンテキストブック』監修。ガーデンセラピーコーディネーター1級所持。建築・エクステリアの企画事務所「エムデザインファクトリー」を主宰し、大手ハウスメーカーやエクステリア業のセミナー企画、講師を行う。
2007年出版の『エクステリアの色とデザイン(グリーン情報)』の改訂版として、新刊『住宅+エクステリア&ガーデンの色とデザイン』が大好評販売中! 色の知識、住宅デザイン様式に合わせたエクステリア&ガーデンデザインとカラーコーディネート、プレゼンシートのレイアウト案など、多岐に渡る充実の内容! 書籍詳細はグリーン情報ホームページから。
著書
『住宅エクステリアのパース・スケッチ・イラストが上達する本』彰国社
『気持ちをつかむ住宅インテリアパース・スケッチ力でプレゼンに差をつける』彰国社
『住宅+エクステリア&ガーデンの色とデザイン』グリーン情報 など他多数
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