暮らしに緑を積極的に取り入れ、健やかに生きることを提唱している日本ガーデンセラピー協会。2021年8月19日(木)に行われたビジネス専門セミナーでは、ガーデンセラピーを活用した国内事例が紹介されました。不登校や引きこもりといった現代社会が抱える課題に取り組み、高い復学率を果たしているフラワーパークの実例など、最先端の貴重な情報に参加者たちは熱心に聞き入っていました。

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ガーデンセラピーとは

緑があるとホッとしたり、花の香りをかいで気分がリフレッシュしたりという経験は、誰しも覚えがあるものでしょう。これまで主観的な感覚として語られてきた緑による癒やしの経験は、近年の研究によって科学的に裏付けされ始めています。例えば、ある特定の植物の香りをかいだ際に、オキシトシン(通称幸せホルモン)というホルモンが分泌されることや、脳の前頭葉への血流が刺激され、認知機能が上がることなどが分かっています。もちろん、植物の作用は香りばかりでなく、植物がそばにあるだけでストレス値を下げたり、血圧を正常化させることも明らかになっています。

ガーデンセラピー

こうした科学的な裏付けに基づいて、緑を暮らしの中に積極的に取り入れて、健やかに生きようというのが「ガーデンセラピー」という考え方です。日本ガーデンセラピー協会は、こうした学術的な研究の最新情報を発信したり、暮らしのさまざまなシーンで効果的に植物を取り入れるすべを、講習会などを通じて広く普及しています。

2021年8月19日(木)に行われた同協会主催のビジネス専門セミナーでは、ビズガーデニング株式会社浅野栄二氏によるガーデンセラピーを取り入れた一般住宅の事例や、樹木医で数々の観光ガーデンを手がける塚本こなみ氏の基調講演、塚本氏と岩崎寛千葉大学大学院准教授、協会理事長の高岡伸夫氏によるトークセッションが行われました。感染対策のため人数制限された東京会場と同時にZoom会場も準備され、シンガポールなど国内外から多くの方々が参加しました。

個々のライフスタイルに合わせたガーデン提案

ガーデンセラピー

ビズガーデニング株式会社浅野栄二氏からは、ガーデンセラピーの概念を取り入れた庭の事例が複数紹介されました。庭での健康回復の実体験を持つ浅野氏が造園に際して大事にしているポイントの一つが、施主の心身の健康状態を把握し、手入れに無理のない設計をすること。庭を持てば維持管理が必要ですが、雑草抜きなど手入れが負担となるケースが少なくありません。そこでビズガーデニングでは庭があることがストレスにならないよう、施主がどれくらい庭に労力や時間をかけられるか、家族構成なども含めて丁寧にヒアリングし、個々の事情に寄り添った提案をしています。必ずしも植栽スペースを広くとらず、植物の選び方やデザインで十分な緑の癒やしを得られる設計事例などが紹介されました。

ガーデンセラピー
日よけや水場、ガーデン家具などで、庭の快適度や機能性を上げ戸外生活空間の充実を図った例。
ガーデンセラピー

不登校、引きこもり解決拠点としての観光ガーデンの可能性

はままつフラワーパーク
はままつフラワーパークの春の風景。

樹木医であり、あしかがフラワーパークの園長を長年務めてきた塚本こなみ氏の基調講演では、現在理事長を務めるはままつフラワーパークでの不登校児童の「適応指導教室」が注目を集めました。

あしかがの大藤
あしかがの大藤。

塚本さんが「適応指導教室」を始めたきっかけは、以前園長を務めたあしかがフラワーパークでの経験がもとになっています。あしかがフラワーパークといえば、アメリカCNNで「死ぬまでに一度は見たい絶景」として紹介された大藤が代名詞。まさにこの大藤は塚本さんによって移植されたもので、フラワーパークを再生に導いた存在であり、多くの人に感動と希望を与えてきました。来園者の中にはベッドから起き上がることのできない重い病を抱えた人もいましたが、塚本さんはパークの体制を整備し、できる限り来園者の要望を受け入れてきました。そんなさまざまな要望の一つにあったのが、不登校のまま中学を卒業せざるを得ない生徒と、うつ病を患った青年をパークで働く一員として受け入れてほしいというものでした。

いじめによって不登校になった10代の子は、最初こそ誰とも話をしませんでしたが、フラワーパークで働くうちに笑顔を取り戻し、先輩と楽しそうにしゃべる姿が見られるようになりました。うつ病を患った青年は、大藤の管理を通し、何十万人という人が藤に感動する姿を目の当たりにし、次第に自信を取り戻していきました。植物の命の輝きや人の喜びに触れ、変わっていく彼らの姿を見て「植物には人間性復原力がある」と確信したと塚本さんは話します。

はままつフラワーパーク
はままつフラワーパークの壮麗なフジのホワイトガーデン。

こうした経験を生かし、はままつフラワーパーク内に不登校児童のための適応指導教室「フラワーパーククローバー教室」を設立。今年で4年目を迎えるその教室は浜松市内で最も高い復学率を果たしています。さらに、パークでの労働をプログラムとした引きこもりの自立支援も行い、社会復帰へと導いています。塚本さんは全国のフラワーパークでも同様の取り組みが展開されることを希望するとともに、フラワーパークの地域社会での活用や意義についても語りました。

はままつフラワーパーク
子ども達が作成した季節の花の寄せ植えがパーク内を華やかに彩る。

植物の持つ生理的、精神的、社会的作用

ガーデンセラピー協会

こうした話を受け、千葉大学大学院園芸研究科准教授の岩崎寛氏からは、植物が人の心身、そして社会にもたらす作用について語られました。さまざまな病がある中で、うつなど心の病気は非常に複雑で、医療の力だけで回復へ導くのに難しい現状があります。そこで、今注目しているのが植物を介在とした回復方法の可能性です。ポイントは、植物が人を治すのではなく、植物を介在とした働きかけや人の行動。岩崎氏は千葉市花見川区の公園で地域の人が植物に触れやすい仕掛けを作り、人がどのように植物と関わり、どのような変化が生まれるかを観察し続けています。

今回のセミナーを通して、これからの庭は単に眺めて美しいだけでなく、いかに人が庭と関われるかという新しいテーマが浮き彫りにされました。触れたり味わったり香りをかいだりといった五感刺激に繋がる植物の仕掛けや、戸外生活の場として快適に過ごすためのエクステリア提案など、人と植物の物理的・心理的距離感を近づけることがこれからの庭づくりでは求められそうです。そして、そうした庭作りによって享受することのできる「ガーデンセラピー」は、コロナ禍でストレスや不安が募りがちな社会で、より不可欠なものとなっていくことが予想されます。

主催:一般社団法人日本ガーデンセラピー協会
https://www.garden-therapy.org/

Credit

文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。

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