暮らしに緑を積極的に取り入れ、健やかに生きることを提唱している日本ガーデンセラピー協会。同協会が主催する「みんなが笑顔で元気になる!花・緑・庭コンテスト」プロフェッショナル部門でグランプリを受賞されたACID NATURE 乙庭 太田敦雄さんに、受賞作品の後日談とガーデンセラピーへの想いをうかがいました。

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科学的に解明されている植物の癒やし効果

ガーデンセラピー
New Africa/shutterstock.com

緑があるとホッとしたり、花の香りをかいで気分がリフレッシュしたという経験は、誰しも覚えがあるものでしょう。これまで主観的な感覚として語られてきた緑による癒やしの経験は、近年の研究によって科学的に裏付けされ始めています。例えば、バラの花の香りをかいだ際には、オキシトシン(通称幸せホルモン)というホルモンが分泌されることや、柑橘系の香りをかぐと脳の前頭葉へ血流が上がり、認知機能が上がることなどが分かっています。もちろん、植物の作用は香りばかりでなく、単に植物がそばに置いてあるだけでストレス値を下げることも明らかになっています。

健やかに生きるための新提言「ガーデンセラピー」

ガーデンセラピー協会

こうした科学的な裏付けに基づいて、緑を暮らしの中に積極的に取り入れて、健やかに生きようというのが「ガーデンセラピー」です。日本ガーデンセラピー協会は、こうした学術的な研究の最新情報を発信したり、暮らしのさまざまなシーンで効果的に植物を取り入れるすべを講習会などを通じて広く普及しています。2020年夏、同協会ではガーデンセラピーの実体験を募集した「みんなが笑顔で元気になる!花・緑・庭コンテスト」を開催。プロフェッショナル部門では太田敦雄さん(ACID NATURE 乙庭)がグランプリを受賞しました。

作品名【一家を笑顔にする庭と離れの改修「6つの小さな離れの家」】

太田敦雄さんの出品作品は、大家族の名残ある母屋と、かつて総菜屋だった店舗のある敷地の、建築と庭の改修事例です。

子世代が巣立ち、今では高齢のご夫婦が暮らす大きな母屋。道路には、今は閉めた店のシャッターが面し、時代の流れで慣れ親しんだ家が現在の生活に合わなくなっていました。

6つの小さな離れの家
改修により、遠路ができて明るく風通しのよい庭 。Photo/太田敦雄

敷地奥には、ご夫婦が長年かけて育ててきたツツジやモミジなど 100 本以上の庭木が植っています。小さかった木々も今では大きく育ち、密接する木々の中に入っていけない状態に。楽しかった庭木の手入れもご夫婦の負担になっていました。

そこで、親族一同で心の拠り所であるこの実家と庭を、ご夫婦のために改修することに。建築家・武田清明さんが建築を、 ACID NATURE 乙庭の太田さんが植栽計画・デザインを担当した、建築と植栽のリノベーションプロジェクトが「6つの小さな離れの家」です。

6つの小さな離れの家
交流スペースとなった旧店舗の離れ。©masaki hamada(kkpo)

ここで大切にしたのが「ご夫婦が健やかに暮らせる家と庭、折々につけ親族が楽しく集える家と庭への改修」でした。

一家の思い出が詰まった実家と庭。高齢のご夫婦にとっては、愛着ある我が家と庭木が丸っきり変わってしまうことは、精神的な負担も大きいことでしょう。

設計者として、生活環境の改善だけでなく、精神的な負担も軽い手法で、一家の絆や安らぎをより向上させる家と庭の空間にしたいと太田さんは考えたのです。

6つの小さな離れの家
母屋・食器棚・葡萄酒庫の離れ。 ©masaki hamada(kkpo)

そこで建築家と植栽家の協働で、「小さな操作で大きな改善を生み出す」ことを目指し、建築では減築と小さな新築を行い、建物を母屋と「小さな離れ」群にして庭に点在させました。これは、敷地全体を「庭に散らばった部屋」のように巡り楽しめる建築計画です。

6つの小さな離れの家
旧店舗の離れから冷蔵庫・母屋へ。©masaki hamada(kkpo)

植栽計画では、敷地奥部に密集する庭木を、回遊路を設けることでいったん透かし、そこで抜いた木を一本も捨てることなく、「小さな離れ」を結ぶ動線に寄り添うように移植することで、建築と植栽が一体となった空間になりました。

6つの小さな離れの家
改修後の園路と母屋。 Photo/太田敦雄

愛着ある庭木が一本もなくならずに新しい生活に合わせて配されたことで、ご夫婦にとっても心の負担が軽く、かつ、家や庭の在り方を刷新させる改修となりました。

建築にも植物にも「間」を作ることで、家と庭・暮らしがふんわり心地よくつながりました。一家が慣れ親しんだ木々が寄り添う中、庭も家も区別なく楽しめる生活。 風や光、そして緑と触れ合い、一家の笑顔がこぼれる空間に生まれ変わりました。

ガーデンセラピー協会受賞作品の紹介はこちら

太田さんがこのプロジェクトで心がけたこと

出品作品となった「6つの小さな離れの家」は、2018年春に植栽の施工をしたので、それから2年半が経ちました。思い起こすと、このプロジェクトでの経験は、私の植栽デザインの手法に新しい視点をもたらせてくれたと思います。

私がプロとして植栽の依頼をいただいた場合、大きく分けると2つの手法があります。一つは、私が日頃から自身の庭で実践している植栽法で施主さんのためにデザインする「乙庭らしいセンス重視」の植栽です。もう一つは、施主さんや建築家に寄り添って希望を叶える「コンセプト重視」の植栽です。

このプロジェクトは後者で、この場所に住う人が日常どのようにこの場所を使い、過ごすのかを想像しながら、未来を気持ちよく過ごせるようにと、適材適所に植物を移動しました。

ユキノシタ
敷地に自生していたユキノシタ(Saxifraga stolonifera)。Photo/太田敦雄

例えば、庭に生えている山菜や果物を食に生かしていると聞いていましたから、ご夫婦が庭散策をしている時、目に止まりやすく採取しやすい場所へギボウシやセリ、サンショウの木など、食につながる植物を配し、その地にもともと育っている草花も大切に生かしました。

そして最後に、私からのご夫婦へのプレゼントとして、既存の大きなブドウと呼応するように、日本で育種された赤ワイン用品種のブドウ ‘ヤマ・ソーヴィニヨン’ (Vitis ‘Yama Sauvignon’) の苗を1株、家の新たな門出の記念に植樹しました。

ブドウ棚
ブドウの葉が頭上を茂ると自然の日除けに。A_Zirka/shutterstock.com

なぜブドウ ‘ヤマ・ソーヴィニヨン’ を選んだかというと、今回の改修でかつての防空壕を利用した「葡萄酒庫の離れ」ができましたので、それにも関連づけて、フランス・ボルドー地区の赤ワイン主要品種として名高いカベルネ・ソーヴィニヨンと、日本にも自生するヤマブドウ(Vitis coignetiae)との交配種で、高温多湿な日本の気候環境でも育てやすい、画期的な赤ワイン用品種を選びました。

ブドウ
緑の葉が茂り、秋には紅葉と実り、そして落葉する1本のブドウがあるだけで、四季の移ろいを実感させてくれます。Emma Grimberg/shutterstock.com

将来「屋外ダイニング」の上部にブドウが茂り、夏の日差しをやわらげる屋根となり、晩秋には庭の紅葉を眺めながら枝付きの干しブドウを直摘みで食べられるようにという未来を想定した、ガーデンセラピーにおける「食事療法」にもつながるプレゼントです。今頃はちょうどつるが頭上にまで伸びて、来年には夏に涼しい日陰となり、実の収穫も期待できるのではと思います。小粒の濃厚なブドウなので、そのままにしておくと自然に干しぶどうになります。ご夫婦が、干しぶどうを摘んで、美味しいねと微笑み合う。庭や植物が人生の質を向上させるガーデンセラピーの効果を実感しています。

ガーデンセラピーは太田さんを表す肩書の一つに

今回のコンテスト応募の少し前、2019年から2020年にかけて私はガーデンセラピーコーディネーターの1級を取得しましたが、この資格制度があることを知った時「これは、自分にぴったりの資格だ!」と感じました。

ACID NATURE 乙庭
太田さんは、当サイト『ガーデンストーリー』にて多くの新鮮な植物提案をしています。写真は『2020秋「ACID NATURE 乙庭」注目の秋植え球根 10選【乙庭Styleの植物29】』より。Photo/太田敦雄

私は現在、植物・園芸にまつわる執筆や植物の販売、ガーデンデザインなど、植物や庭を介して多角的に社会につながる人生を歩んでいますが、仕事として植物に関わる以前から、市民農園でエアルーム野菜や地方の野菜、ハーブなどを育てて野菜を中心とした食生活をしてきました。また、その日の気分に合わせたエッセンシャルオイルをブレンドして暮らしの空間に香りの演出をしたり、休日の朝は緑の多い公園や山中の湖畔を散歩するなどしてきました。これらは、自分の気持ちの赴くままにたどり着いたライフスタイルですが、これはまさにガーデンセラピーそのものだと感じたのです。

アロママスクスプレー
太田さんによるアロマをテーマにした記事『ウイルス・花粉症対策をサポートするアロマティックライフ1 マスクスプレー編 【乙庭Styleのガーデンセラピー3】』。Photo/太田敦雄

そういったライフスタイルを私自身が実践してきましたから「ガーデンセラピー」は、自分の「好き」や「得意」をフルに生かせる資格だと感じ、取得しました。資格を取得したことで、私の背景を伝えることができるキーワードが一つ増えたのです。

プロが手を貸すことでガーデンセラピーを実践する手助けに

日本ガーデンセラピー協会主催「みんなが笑顔で元気になる!花・緑・庭コンテスト」にプロフェッショナル部門で出品した「6つの小さな離れの家」は、プロが手を貸したことで、住う人も自然とガーデンセラピーを実践でき、暮らしのクオリティがアップデートされたという好例です。一般の方にとっても、自身でガーデンセラピーを実践するだけでなく、こうしてプロの力によってガーデンセラピーがより身近になることが期待されます。

天神山のアトリエ
屋内の床(地面)に小さな苗木で植えたレモンユーカリが、木陰をつくるほど立派に育った天神山のアトリエでの打ち合わせの様子。左が太田さん。

「ガーデンセラピーは、アロマに限らず、食や空間など多くの要素とそれらの組み合わせからなります。これからも多方面に目を配って学びや経験を深めながら、私自身のガーデンセラピーの可能性を広げていきたいと思っています。ガーデンセラピーを実践することは、人生の幸福度をアップするキーワードの一つです。もっと多くの人に親しんでいただけたらいいですね」

ご自身の体験から、現在のガーデンセラピーの考えまで、多くのことを教えてくださった太田敦雄さん(ACID NATURE乙庭)。今後の活躍にも期待しております。この度は、グランプリの受賞おめでとうございました!

Information

一般社団法人日本ガーデンセラピー協会
https://www.garden-therapy.org/

Credit


Garden Story編集部
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