長野県松本市郊外の山あいに広がる「四賀坊主山クラインガルテン」──。
そこは思う存分、花づくりや野菜づくりが楽しめる小さな楽園だ。うれしいことに、近くには日帰り入浴ができる温泉もある。
その四賀坊主山に通い続けて22年。楽園生活を満喫してきた文筆家・園芸家の幸福な物語──。

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牛肉弁当に缶ビール

11月24日朝、東京・池袋のデパートの地下食品売場で浅草「今半」の牛肉弁当を購入。さらに新宿駅の売店で缶ビールを買って、12時ちょうど発の松本行き特急「スーパーあずさ」が待つ10番線ホームへ。

「あずさ」は、まだ車内清掃中。ドアが開くまで待ちきれないので、ベンチに座って缶ビールをプシュッとやり、何はともあれまずはひと口……。

「信州四賀坊主山クラインガルテン」に行くときの私の旅は、いつもそんな感じで始まる。

田舎道をバスに揺られて

新宿から松本までは2時間35分。というのは、JR側の一応の心づもり。「あずさ」はたいてい5〜6分は遅れ、定刻通り着くことはまずないのだけれど、とにかく松本に到着したら駅前のスーパーで食料品を仕入れ、隣接のバスターミナルで「四賀支所」行きのバスに乗る。

で、だんだんローカル色が豊かになっていく田舎道をバスに揺られること約40分。終点のひとつ手前の「柳屋前」という停留所でバスを降り、300mあまりにわたって続くだらだら坂を、ゆっくりゆっくり上る。

上り着いた小さな丘の上、標高約650mの、もとは桑畑だった場所に広がっているのが坊主山クラインガルテンだ。

全57区画。1区画は約30坪ほどで、端っこにログハウス風の小さな「ラウベ」(休憩小屋)が建っている。地元の間伐材を使ったというこのラウベには、キッチンとバスルーム、トイレもついているので、自炊しながら滞在することが可能。

私はいつも、最低3〜4日は滞在する。そして毎日、小鳥たちの朝のさえずりとともに起き出し、花づくりや野菜づくりを楽しむのだ。

クラインガルテンとは?

ところで、クラインガルテンとは、北ドイツのライプツィヒを発祥の地とする市民農園。クラインはドイツ語で「小さな」、ガルテンは英語のgardenで「庭」という意味。19世紀の末にライプツィヒで初めて開設され、やがてドイツ全土に普及。クラインガルテン法という法律も制定され、現在は一定程度の人口を持つ都市はクラインガルテンをつくり、市民に緑とふれあう場を提供しなければならないことになっている。

同様の市民農園はヨーロッパ各国にあるが、信州四賀にそのクラインガルテンを導入しようと思い立ったのは、1991年に当時の東筑摩郡四賀村の村長に当選した中島学さん。

四賀村では、かつて盛んだった養蚕業が衰退。若者の村外への流出が続き、村全体に活気がなくなっていた。そんな中、村長となった中島さんは、村を資源循環型の小社会、「エコ・ビレッジ」として再生させようと考え、環境最先進国のドイツを視察。そこで出合ったのがクラインガルテンだった。

が、村議会に提案してみると、「こんな山の中の村に都会の人が来てくれるわけがない」と大反対。それが、ある時から急に、風向きが変わった。「中島にクラインガルテンをやらせてみよう。どうせ失敗するに決まっている。失敗したら、中島を村長の座から引きずり下ろす絶好の材料になる」という一部議員さんたちの思惑が働いたのだった。

エコ・ビレッジ四賀

シャスターデージーとポピーが咲き乱れる初夏のクラインガルテン。

ところが、いざフタを開けてみたら、そんな思惑は大外れ。クラインガルテンの開設が発表されると、利用希望の申し込みが殺到し、競争率は二十数倍に。

さらには、村おこしや町おこしを企画している全国の自治体関係者の視察が急増。坊主山のクラブハウスの前には連日、大型バスが次から次へと到着するようになった。もちろん、村始まって以来の大椿事!

中島さんはその後、村のエコ・ビレッジ化を実現する。村内の各世帯から出る生ゴミと、養鶏農家・養豚農家から出る鶏糞・豚糞を一緒にして堆肥化する村営の施設を整備。これによって人口約6,500人の四賀村は、小さいながらも資源循環型のコミュニティとなったのだ。

そうした一連の試みが評価され、四賀村は93年には、ふるさとづくり大賞内閣総理大臣賞を受賞。ほかにも、うるおいと活力のある町づくり賞、全国優良山村表彰などを相次いで受賞している。

トマト、バジル、青唐辛子

トマトやキュウリ、ブラックベリーなど夏の収穫物。

とまあ、そんなわけで、私は94年に雑誌「サライ」の記事でクラインガルテンの開設を知り、すぐに応募したのだけれど、あえなく落選。翌95年も落選し、ようやく坊主山への入園を許可されたのは96年の4月だった。

以来、22年。四賀坊主山に通って花と野菜をつくり続けているのだけれど、途中でやめようと思ったことは一度もないし、今後もやめるつもりは当分ない。

ただし、最近は栽培する作物の数を少しずつ減らすようにしている。一時は野菜づくりがメチャ面白くなり、クラインガルテンの外にも畑を借りて三十数種類の野菜をつくったこともあったけれど、やや体力が衰え始めた今は、もうそんな元気はない。

とはいえ、これだけはぜひつくり続けたいと思う野菜が3つある。トマトとバジルと青唐辛子だ。

坊主山は標高が高く、朝夕と日中の気温の差が大きいので、甘みの強いトマトができる。生食だけではとても食べきれないので、毎年かなりの量をペーストにして冷蔵庫で保存するようにしている。このトマトペーストでつくるパスタやひき肉料理は最高だ。

収穫物のバジルや梅、唐辛子などの保存瓶詰め。

バジルは摘みたての新鮮な葉を料理に使ったりもするけれど、やはり大半はペーストにして保存する。オリーブ油、ニンニク、胡桃や松の実、塩少々でつくるペーストで、いわゆるジェノベーゼソースというやつだ。

このペーストのパスタは最高。また、こんがり焼いたトーストに塗ってもおいしい。

そして、青唐辛子。辛いものが大好きな私は、信州ではなぜか「コショウ」という青唐辛子を栽培し、醤油に漬け込んでおいたり、ネギやカツオブシと炒めて佃煮風にしたりする。この辛〜い佃煮は、ご飯のお伴によく、酒の肴としても絶品だ。

ニンニク、ラッキョウ、坊主山に入園した最初の年に栽培したズッキーニは、この1〜2年お休みしているけれど、そのうちまた復活させたいと思っている。

夕焼け空を眺めながら

孫娘にせがまれイチゴを収穫。

さて、今回の滞在は、9月8日にタネを播いた「山形青菜(やまがたせいさい)」(高菜の一種)の育ち具合を確かめるのと、10株ほどあるバラの根元を耕し、寒肥を施すのが目的。

すでに何度か霜が降りたらしく、夏から秋まで華やかに庭を彩ってくれたナスタチウムはすっかり萎れて茶色くなっている。

帰る前日は気持ちのいい快晴。冠雪した北アルプスがよく見え、日が傾き始めると西の空に黄金色の夕焼けが広がった。その素晴らしい夕焼け空を肴に、ラウベのデッキで一杯やるのが、私にとっての至福の時間。ああ、やっぱり来てよかった、また来ようと思うひとときでもある。

空気も、水もおいしい山里

信州四賀には現在、坊主山に数年遅れてオープンした「緑ケ丘」と合わせて、計130区画のクラインガルテンがある。事務局からの先日の通信によると、今年は坊主山で3区画、緑ケ丘で7区画に退園者が出るらしい。

空気がおいしく、水もおいしい山里でのクラインガルテンライフを始めるなら、今がチャンス。興味のある人は管理を担当している四賀むらづくり株式会社に問い合わせてみるとよいだろう。

四賀むらづくり株式会社

tel. 0263-64-4447

http://www.kleingarten.jp

Credit

文・写真/岡崎英生=文筆家、園芸家

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