本書の著者ウィリアム・プルーイットはカナダの動物学者だが、素晴らしい「物語」の語り手でもある。そして彼の語り口の巧みさは、大自然の営みの一つひとつを美しい詩へと変えてゆく。
まずは冒頭の「旅をする木」という章から読んでみよう。

『極北の動物誌』

ウィリアム・プルーイット著(岩本正恵訳、新潮社)

物語は、トウヒという針葉樹の球果が野鳥たちについばまれ、割れた球果からこぼれた種が雪原に散らばるところから始まる。雪の上に落ちた種は、目ざとくそれを見つけた鳥たちに食べられてしまうが、幸運にもウサギの足跡の窪みに落ちた種だけが、転がったはずみで小さな雪崩を発生させ、雪の下に埋もれてひと冬を過ごす。

やがて春。雪がとけると種はコケの隙間に潜り込み、適度な湿り気と太陽の熱に温められて発芽し、一本の若木となる。

年々幹が太くなり、堂々たる大木に成長していくトウヒ。けれども、寒冷なアラスカの森は、林床のすぐ下に永久凍土の層があってトウヒは地中深く根を張ることができない。そのため、ある年の雪どけの頃、川を流れ下る巨大な氷塊の直撃を何度もうけて、根こそぎ川の中へと倒れ込む。そして激流に押し流されて海へとたどり着き、荒波にもまれて岸に打ち上げられる。

すると、そこはキツネが尿でマーキングをして縄張りを主張する場所になる。それに気づいた猟師がワナを仕掛け、キツネを捕まえ始める。それが何世代にもわたって続いていくのだが、あるとき一人の若者が浜辺に横たわっているトウヒを木材として利用したいと言い出す。村の長老たちは長い時間をかけて協議した末、それを許す。そこで若者はトウヒを細かく切り分け、その木材で家を建てる。それからまた長い長い歳月が過ぎていき、家は次第に老朽化し、朽ち果て、薪として燃やされる。

こうして遥かな旅をしてきたトウヒは、いまや一筋の煙となり、炭素や水素などいくつもの元素に分解されて空へと昇っていく。それがいつの日か、再び結合して地上に降り注ぎ、トウヒの若木として甦ることもあるかもしれない──というところで、「旅をする木」の物語は閉じられる。

一方、「ハタネズミの世界」という章で語られる物語の舞台は、大規模な森林火災の傷跡が残る森。その林床に実るブラックベリーやツルコケモモ、忙しくあたりを駆け回るハタネズミやアカリス、冬の到来に伴う気圧の変化、雲の行き来、雪の結晶の輝き、降り積もって重さを増し、かすかに雪がきしむ音。プルーイットの細やかで丁寧な語り口で、それらのすべてが何と愛おしく感じられることか! この地球という星は、はかないけれども、かけがえのない美しい詩に満ち溢れている。プルーイットは私たちにそう気づかせてくれるのだ。

彼のようにうまくはできないかもしれないが、私たちもなるべく注意深く自然を観察してみよう。そのさまざまな営みの中に小さくきらめいている詩が、きっと見つかるはず。その詩は、救い難いことの多いこの世を生きている私たちへの、何よりの励ましとなり、慰めとなることだろう。

Credit

文/岡崎英生(文筆家・園芸家)

Photo/1)Creative Travel Projects/Shutterstock.com