120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、素晴らしい庭の数々を訪ねます。

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火事に遭って、外壁のみが残った屋敷の一部。その廃墟のような姿がロマンチックな背景となって、情緒のある庭景色を生み出しています。

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凝った形に刈り込まれたイチイのトピアリー。生け垣の役割も兼ねています。

 

ロンドン郊外にあるナイマンズは、都会に暮らす人々が広々とした緑の空間を楽しめる場として、ナショナル・トラストの中でも人気の高い庭です。メッセル家が有した13万㎡の庭園は、優美なローズガーデンから、ロックガーデンや樹木園といった野趣のある庭まで、さまざまな要素が美しく構成され、また、園内にはプラントハンターによって世界中から集められた、珍しい植物がたくさん植わっています。

春を告げるモクレンやスイセン、夏の鮮やかな一年草とバラ、燃えるような紅葉を見せる木々、そして、ウィンター・ウォークの冬咲きの植物。豊かな森に囲まれた庭には、四季折々の楽しみがあります。

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サマーボーダーの中央に据えられた、大理石の噴水と複雑な形に刈り込まれたトピアリー。カラフルな植栽を引き締める、美しいセンターピースです。

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レオナルドの妻、モードが愛したローズガーデン。ピンクと白のつるバラやシュラブローズが見事に咲き誇ります。

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ビザンチン様式の大壺の周りを花々が囲う、サンクンガーデン。イタリア式の開廊(ロッジア)が美しい背景をつくります。

 

ナイマンズの庭は、株式仲買人のルードヴィッヒ・メッセルとその家族により、1890年から半世紀かけてつくられました。ドイツから英国に亡命したルードヴィッヒは、ロンドンの金融市場で大成功を収めると、6人の子どもたちをのびのびと育てられる理想の田舎家を持とうと、ナイマンズの地所を買い求めます。

もともと美術に造詣が深かったルードヴィッヒは、新たな趣味として庭づくりに取り組みます。知識豊富な庭師のジェイムズ・コーマーの力を借りながら、彼は美的センスを発揮して、ロックガーデンやヒースの庭、針葉樹園などをつくり、園芸界の注目を集めます。彼はまた、世界の珍しい樹木や植物を集めたり、それらの耐寒性を実験したりと、新しいものに取り組むチャレンジ精神も持っていました。

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石造りの鳩小屋を背にアリウムが咲く、ウォールガーデンの一角。

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古風なガーデンゲートに切り取られた、のびやかな花景色。

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クロッケー用の芝生を縁取るのは、爽やかな緑のサントリナとラベンダー。

 

1915年、ルードヴィッヒが亡くなると、長男のレオナルドが地所を受け継ぎます。彼は父のような芸術家気質ではなかったものの、植物の蒐集に大いなる情熱を注ぎ、特に、モクレン、ツバキ、ロドデンドロンのコレクションを充実させました。兄弟のように親しく育った、庭師のジェイムズ・コーマーとともに、モクレンやツバキなどの新しい品種を作出することにも熱心で、家族やナイマンズの名を冠した30以上の品種を生み出しています。

ナイマンズで育った、庭師ジェイムズの息子、ハロルド・コーマーは植物学者となり、1920年代にチリやタスマニアに植物採集の旅に向かいました。彼が持ち帰った南米の植物は、いまも英国有数のコレクションとして、ウォールガーデン内で大切に育てられています。

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ロックガーデンからの屋敷と廃墟の眺め。

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消失を免れた屋敷の内部は、20世紀後半にレオナルドの娘、アンが暮らした頃のままに残っています。アンは、母モードの手による美しいしつらえを大切にしました。

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酸性の土が生育に適していることから、さまざまなヒースと背の低い灌木が植えられた、ヒースの庭。英国で初めてのヒースガーデンと考えられています。

 

レオナルドの妻モードは、芸術家肌の創造性豊かな人物で、古風でロマンチックなものが大好きでした。彼女はいささか平凡だった屋敷を、美しい中世の邸宅風に建て直させ、卓越した審美眼で室内も美しく設えました。しかし、残念ながら、屋敷の半分は、1947年に起きた火事で失われてしまいます。夫妻は別宅へと移りますが、皮肉なことに、廃墟のようになった外壁は、まるでおとぎ話に出てくるような美しい背景となって、ナイマンズの情緒ある庭景色に不可欠なものとなったのでした。

 

1953年、レオナルドの死後、ナイマンズはナショナル・トラストに遺贈されます。娘のアンは、社交界の華として注目され貴族と結婚して伯爵夫人となった人物ですが、未亡人になると幼少期を過ごしたナイマンズに戻り、愛しい庭で余生を送りました。母譲りの美的センスを持つアンは、庭の花々を自ら摘んで、部屋の雰囲気に合わせて生けるのを楽しんだといいます。

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大きな花を咲かせて散らすモクレン。園内にはさまざまなモクレンがあります。

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咲き広がる黄色のラッパズイセンは、明るい春の象徴です。

©National Trust Images/James Dobson

足元で春を告げる、フリチラリアなどの可憐な花々。

 

ロンドンからナイマンズへは、車でブライトン方面に向かって約1時間。電車の場合は、ロンドン・ヴィクトリア駅からクローリー駅(Crawley)、またはヘイワーズ・ヒース駅(Haywards Heath)に向かい約45分、路線バスに乗り換えて約20分。

庭園は12月24・25日を除き、毎日10:00から17:00(もしくは日没)まで開園します。屋敷は保全作業のため、11月から2月の冬場は閉館されます。

ナイマンズの庭園の外には素晴らしい森が広がっていて、ウォーキングや野生動物の観察を楽しむことができます。1987年、イングランド南東部を大嵐が襲い、ナイマンズの庭園や森では樹齢数百年の大木を含め、500本を超える木々が失われました。30年が経った今、庭や森は美しく再建されていますが、森の奥では今も倒木を見ることができます。

 

 

Text by Masami Hagio

©National Trust Images/Andrew Butler

リリー・ポンドの向こうに広がる幻想的な眺め。

 

Information

〈The National Trust〉 Nymans ナイマンズ

住所:Handcross, near Haywards Heath, West Sussex, RH17 6EB

電話:+44-(0)1444-405250

https://www.nationaltrust.org.uk/nymans