マンションのバルコニーもガーデニングを一年中楽しめる屋外空間です。都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って2019年で27年。自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本さんのガーデン・ストーリー。今回は、バラの宴に使いたいと実現した、オリジナルワイングラスの制作秘話やコレクションのグラスをご紹介します。

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バラの宴を盛り上げる名脇役

バラのシャンパングラス
花びらを浮かべたシャンパングラス『「バラ遊び」を暮らしの中で楽しむ【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】』より。

バルコニーでの5月のバラの宴は、5〜6人のグループに分かれ、7〜8回に渡り開かれる。もう20年以上続いているので、客人は古くからの友ばかり。気の置けない面々だ。シャンパンとちょっとした前菜以外の料理は、すべて客人の持ち寄りでお願いしている。

ご馳走は咲き誇るバラの花々。そして私が長年かかって少しずつ集めた器の数々。

ワイングラスをプロデュース

バルコニーでのバラの宴が恒例の行事となった頃、バラ模様のワイングラスが欲しいと思い始めた。仕事でヨーロッパに出かけるたびに骨董市や骨董店を捜し歩いたが、なかなか見つけることができなかった。

バラのグラス

そこで10年ほど前に、ガラス工場に勤める友人の伝手で、ガラス作家にオリジナルのグラスを作ってもらうことになった。透明グラスの生地の上に赤い生地を重ねたグラスから、赤い部分を削り、バラの花の部分だけをレリーフとして残す。サンドブラストという技法を用いた制作方法だ。

バラのグラス

ガラス作家の白山まさいさんと共同で、いくつかのデザイン画や、試作を重ねる時間は、実にわくわくするものだった。最終的に決まったのが、凛としたバラのつぼみが2本グラスに添って立ち上がっているデザイン。外側はマットな質感で、内側はガラスの光沢を生かした素材だ。マットな感じが柔らかな雰囲気を醸し出し、シャープだが暖かみのある意匠に仕上がったと自負している。

バラのグラス

生地のグラスを発注するのにまとまった個数が必要だったので、思い切って松本路子プロデュースのバラのワイングラスとして、身近な友人たちに声を掛け、販売することになった。桐の箱入りで、ちょっとした贈り物としても重宝された。

思いがけず人気を得たグラスは、バラの宴の客人を中心にそれぞれの家に飾られ、また愛用されている。今でもたまに問い合わせがあるが、残念なことにグラスの生地が手に入らなくなり、制作することが叶わない。幻の器として語り草になっている。

沈黙と秘密の象徴

イギリスでアンティークグラスを探している時に、知人のコレクターから興味深い話を聞いた。英語に「Under the Rose」(バラの下で)という言葉があり、それは「秘密で」や「内緒の話で」という意味だという。ラテン語の「Sub rose」(スブ・ロサ)が語源だ。

バラのグラス
コレクションの一つ、1930年代に制作された「ローズ・ポイント」模様のウォーターゴブレット。

中世ヨーロッパで秘密の会議を開く時、テーブルの上にバラを置く、もしくは天井からバラを吊るす風習があった。またバラの天井画も同様な意味を持った。バラは「守秘を誓う」象徴として用いられたのだ。その起源は諸説あるが、ギリシャ神話に遡るのだという。

バラ模様の器
8月のバルコニーに咲いた夏バラをコレクションの器に乗せて。

「Under the Rose」の理由から、バラのワイングラスは作られなかったのではないか、と私は仮説を立ててみる。教会の告解室に5弁のバラの彫刻が施されていることからも、ワインを楽しむ合間に、懺悔や秘密の時間を思い起こしたくないのかも、と。

私のバラのグラスは、大いに飲み、語りつくそうとのもくろみで作られたので、「沈黙と秘密の象徴」でないことは確かである。

アメリカのアンティークグラス

歴史の浅いアメリカには骨董というものは存在しない。厳密には制作されてから100年以上たったものを骨董品と呼ぶからだ。あえて言えば1930年代を中心に、ごく短い期間に作られたディプレッショングラス(型押しグラス)やエレガントグラス(エッチンググラス)などがそれに相当するだろう。

バラのグラス
「ローズ・ポイント」模様のシャンパン、シャーベットグラス。

ガラス製品は模様がシリーズ化され、多彩な器が作られた。そこにはいくつかのバラの花の模様が展開されている。私が集めているのは「ローズ・ポイント」という名前のエレガントグラスで、ワイン、リキュール、シャンパンなどのグラス、果物や菓子を入れるコンポートなどがある。

ローズ・ポイント
「ローズ・ポイント」の繊細な模様。

1934年から1954年にかけて、アメリカのケンブリッジ社で製造された「ローズ・ポイント」は、徽章紋とつるバラの模様が組み合わさったエッチングが施されている。

デザインはフランスのレース模様から採ったもので、その繊細さから当時のアメリカで人気を博し、かなりの量が作られた。

ローズ・ポイントのコンポート皿
ローズ・ポイントのコンポート。

それでも日常的に使われたガラス器なので、現在そう多くは残っていない。熱心なコレクターが存在し、模様を特集した本も出ているが、年々手に入れるのが難しくなっている。骨董を集める楽しみは、リサイクルショップやジャンク市など意外なところでお目当ての品物と出合えること。長い時間をかけて、ローズ模様のグラスを少しずつ増やしていく、それもまたバラものがたりの一つに他ならない。

バラとグラス
夏バラをエレガントグラスに飾る。

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-19年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

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