バラの由来や品種をご紹介するこのシリーズで、今回取り上げるのは、前回に引き続きモスローズ。今回は、ダマスクからの枝変わりと考えられているダマスク系のモスローズの代表的な品種とエピソード、そして近年生み出された“新しい”モスローズを、ローズアドバイザーの田中敏夫さんにご案内いただきます。

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ダマスク系モスローズの誕生

モスローズは、ケンティフォリアから枝変わりとして生まれたものだったと、前回の記事『モスローズ前編~ケンティフォリアからの枝変わり』でご紹介しました。

しかし、実はモスローズにはケンティフォリアからの枝変わりではないものが存在します。ケンティフォリアではない、ダマスクからの枝変わりと見られるモスローズは、1830年頃には知られるようになりました。

花形は、40弁ほどのオープン・カップ型でダマスクに典型的なもの。つぼみや新芽には、モス(苔)というよりも、小さなトゲが密生する特徴があります。また、よく結実する品種があること、さらにオータム・ダマスクの性質を受け継いだのでしょう、返り咲きする性質を持つものも出てきました。これらのモスローズはダマスク系と呼ばれるようになりました。

前回の記事では、ケンティフォリアのユニーク・ブランシェからの枝変わりである‘シェイラーズ・ホワイト・モス’(Shailer’s White Moss)をご紹介しましたが、返り咲きするダマスク系ホワイト・モスも出現しました。

それでは、これらのダマスク系のモスローズをご紹介しましょう。

ダマスク系のモスローズ

‘カトル・セゾン・ブラン・ムスー’(Quatre Saison Blanc Mousseau)- 1829年以前

‘カトル・セゾン・ブラン・ムスー
‘カトル・セゾン・ブラン・ムスー’ Photo/今井秀治

中輪、ボリュームのある丸弁咲きの花形。花色は純白となりますが、明るいピンクが花弁に混ざることがあります。鮮烈なダマスク系の香り。幅広、縁のノコ目が際立つ、明るいつや消し葉。硬めの枝ぶり、中型のシュラブとなります。春の開花後、時に秋にも返り咲くことがあります。

1831年、フランスのジャン・ラッフェイ(Jean Laffay)が、春秋、二季咲きのオータム・ダマスクからの枝変わりを見出し、1831年に公表したとされていました。しかし最近、フランス東部、ルクセンブルクに隣接するフランスの都市ティオンヴィル(Thionville、ドイツ名Diedenhofen)の無名の育種家が1829年に発見したものだったと訂正されました(”Annals of Botany”, vol.97, 2006)。

英語圏では‘パーペチュアル・ホワイト・モス’(Perpetual White Moss)と呼ばれています。

また、長い間ラッフェイが作出したと思われていたところから、‘ラッフェイズ・ホワイト・モス’(Laffay’s Perpetual White Moss)と呼ばれることもあります。

じつは、このバラにそっくりな‘カトル・セゾン・ブランシェ’(Quatre Saison Blanche)という白花のダマスクがあります。これは、ピンクのオータム・ダマスク(‘カトル・セゾン’/Quatre Saison)からの色変わり品種だとされています。非常に近しい品種で、ムスー(苔)付きか、なしかの違いだけで、花形も香りも樹形も似通っています。共に広く流通していますので、まぎらわしいですね。

‘ゾーイ’(Zoé)- 1829年

‘ゾーイ’
‘ゾーイ’ Photo/今井秀治

大輪、花心は内側に縮こまるようにまとまり、外輪は大きく開くという、まるで菊の大輪花のような花形となります。ダマスクの‘ウマル・ハイヤーム’に似ています。花色はライト(シェル)・ピンク、少し赤みが入って温かみを感じるサーモン・ピンク気味になることも。色濃い、ノコ目が強く出るつや消し葉、鋭いトゲがつぼみや茎に密生します。

ダマスク系モスの初期の品種の一つです。ダマスクからの枝変わりなのか、あるいは交配によるのか由来は分かっていません。ときに返り咲きする性質があるとされていますが、あまり確実ではないようです。

育種者はジャン=ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)とされることが多いのですが、フォレスト(Forest、英国人?)が1829年に育種し、ルーエンのアマチュアのバラ愛好家H・バルベ(Mons. H. Barbet)の娘ゾーイの名をつけたという説(Edward. A. Bunyard, “Old Garden Roses”, 1936)があります。この説に説得力があると思っています。フォレストが育種し、ヴィベール農場から市場へ提供されたというのが納得のいく説明だと感じているからです。

別名の‘ムスー・パトゥー’(Moussue Patout:”トゲだらけ”)がおかしくて思わず笑ってしまいます。「トゲだらけのゾーイ」とはいったいどんな女性だったのでしょうか。

‘コンテス・ド・ミュリネ’(Comtesse de Murinais/White Moss)- 1843年

‘コンテス・ド・ミュリネ’
‘コンテス・ド・ミュリネ’ Photo/今井秀治

中輪、花弁が花心に密集した丸弁咲きとなる花形。中心に緑目ができることもあります。ライト・ピンクに色づいていたつぼみは、開花するとクリーミー・ホワイトへと変化します。段ボール紙の表面のようなザラリとした感触のつや消し葉で、萼や株肌に緑の小突起がびっしりとつきます。モスローズとしては比較的大型のシュラブとなります。

J.P ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)により1843年に公表されました。交配親は分かっていませんが、強い香り、ノコ目が強く出るつや消し葉などの特徴がダマスクを思わせることから、ダマスク由来のモスと判定されています。

上述の‘カトル・セゾン・ブラン・ムスー’は、英語圏では‘パーペチュアル・ホワイト・モス’と呼ばれるのはすでにお伝えしましたが、この‘コンテス・ド・ミュリネ’は、モス・クラスの白花としては最も一般的に見られる品種であることから、‘ホワイト・モス’(White Moss)と呼ばれることがあります。こちらは一季咲きです。

両品種ともダマスク由来とされていますので紛らわしいのですが、パーペチュアル(返り咲き)タイプはかなり野趣に満ちた花姿で、この一季咲きタイプはダマスクの名花、‘マダム・アルディ’に似た印象と例えたらいいのでしょうか。全体にすっきりした花姿、樹形となります。

‘グロワール・デ・ムソー’(Gloire des Mousseux)- 1852年

‘グロワール・デ・ムソー’
‘グロワール・デ・ムソー’  Photo/今井秀治

びっくりするくらい苔に覆われたつぼみからピンクの花弁が湧き出るように展開し、大輪で、花弁が密集するロゼッタ咲きです。花色はシルバーシェイド気味の明るいピンク、外縁部分が淡く色抜けしたり、花弁にまだら模様のようにピンクの濃淡が生じることもあります。幅狭ながら大きな、明るいザラリとした表皮のつや消し葉。細いながらも硬めの枝ぶり、中型のシュラブ。新枝が直立して先端に大輪の単輪咲きとなる様子は、モスローズのイメージからは遠いものです。HPのモス版といった印象です。

異説もあるようですが、一般的にはフランスのラッフェイ(Jean Laffay)により1852年に育種・公表された品種と考えられています。交配親は不明のままです。

丸葉が多いモス・クラスの中にあって、幅狭で非常に大きな葉であること、例外的なほどの大輪花を咲かせること、秋に返り咲くことがあると報告されていることなどから、交配には他のクラスの品種が使われたことが想像されます。おそらくモスローズの中でもっとも大輪の花を咲かせる品種でしょう。

それにしても、ラッフェイ育種の品種はどれも美しい。ラッフェイにハズレなしと叫びたい気持ちになります。

ルネ・ダンジュ(René d’Anjou)- 1853年

‘ルネ・ダンジュ’
‘ルネ・ダンジュ’ Photo/今井秀治

中輪、ルーズなカップ型でロゼッタ咲きとなる花形。赤みの濃いつぼみは、開花するとストロング・ピンクの花色となります。つぼみを覆う萼筒が飾りつけたようにカールする様子が優雅な、モスローズの魅力をふんだんにふりまく品種です。幅狭で尖り気味のつや消し葉。茶褐色のモスは、他のモス品種に比べればそれほど顕著なものではありません。立ち性の中型のシュラブとなります。

1853年、フランスのロベール(M. Robert)が育種・公表しました。交配親は不明です。

ルネ・ダンジュ(Rene d’Anjou:1409-1480)は、父はフランス、アンジュの領主ルイ2世、母は美しいポートランド・ローズを捧げられたことでもよく知られている女傑ジョラン・ダラゴンです。

ルネ・ダンジュ/Rene d'Anjou
ルネ・ダンジュ/Rene d’Anjou [Louis Boudan, Public Domain via. Wikipedia Commons]
フランス、イタリアの貴族と領地をめぐって争いを繰り返す生涯を送りましたが、善良で自らも絵を描くなど芸術への愛好が深いことのほうでむしろ知られている人物です。温厚な人柄から”善良王”と呼ばれたことが、それを証左しているようにも思えます。

ルネの娘、マルグリット(英名マーガレット)は、イングランド王ヘンリー6世に嫁ぎました。当時は貴族の娘が婚姻するときには領地や財産などの持参金付きであることが習慣でした。しかし、この婚姻は持参金がないばかりでなく、ヘンリー6世の領地を分割するなど、王家につながる者にとっては受け入れがたいものであったため、マルグリットが嫁いだランカスター家とヨーク家の王位をめぐる争いが勃発し、バラ戦争へ突入する原因の一つになりました。マルグリットはシェイクスピアの戯曲『ヘンリー6世1部~3部』で激しい気性の女性として描かれていますが、女傑ジョラン・ダラゴンの娘ですから、さもありなんという気がします。

育成者ロベールはフランス、アンジュにナーサリーを持っていたことから、その地をかつて領有していたルネへ捧げたものと思われます。

‘ジェームズ・ヴェイチ’(James Veitch)- 1865年

‘ジェームズ・ヴェイチ’
‘ジェームズ・ヴェイチ’ Photo/今井秀治

中輪または大輪、小さな花弁が密集したダリアのような丸弁咲きの花形。クリムゾン、あるいは赤みの濃いバイオレットといった色合い。中心部に白いノッチが入ることもあります。明るいつや消し葉、小さなトゲ状突起が密集した枝ぶりです。立ち性で、解説書などではあまり大きくならないという記述が多いようですが、樹高120~180cmまで伸びるというのが観察による結論です。

1865年、フランスのウジェンヌ・ヴェルディエ(Eugène Verdier fils aîne)が育種・公表しました。交配親は不明です。モスローズの一つとしてクラス分けされていますが、ときに返り咲きする性質があること、また、‘レンブラント’などポートランド品種との類似が見られるため、ポートランドにクラス分けされることもあります。

ジェームズ・ヴェイチ(James Veitch:1792‐1863)は英国の園芸業者。プラント・ハンターとしてシャクナゲなどをヨーロッパへもたらしたことで知られています。スコットランドに生まれ、父ジョンの後を継いで園芸業を営みました。

ジェームズ・ヴェイチ/James Veitch
ジェームズ・ヴェイチ/James Veitch [Public Domain via. Wikipedia Commons]
ロンドンの北東部にあたるデヴォンに農場を所有し、当地の準男爵であったアクランド(Acland)家の邸宅キレルトン(Killerton)の庭園管理などを行っていましたが、邸宅向けにシャクナゲ、モクレンなど、当時英国には珍しかった樹木を導入して大成功を収めました。息子のジェームズ・ヴェイチ・ジュニアとともに世界各地から珍しい植物を英国に持ち帰り、その活動は遠く、日本や中国へまで及びました。

農場は5世代にわたって経営されていましたが、1960年代に他の農場に吸収合併され、現在は残っていません。しかし、ジェームズ・ヴェイチが手掛けたキレルトン邸の庭園は、現在ナショナル・トラストの管理下にあり、往時と変わらぬ美しさを保っています。

“新しい”モスローズ

19世紀前半にピークを迎えたモスローズの育種熱は、ハイブリッド・ティーの出現によって急速に終息していきました。しかし、数は少ないものの、モスローズの魅力に取りつかれた育種家たちは育種を続けていきました。ドイツの老舗コルデス社、キング・オブ・ミニチュア・ローズと呼ばれたアメリカのR. S. ムーアなどです。

最後に、そんな育種家たちがつくり上げた“新しい”モスローズを、いくつかご紹介しましょう。

‘ガブリエル・ノエル’(Gabriel Noyelle)- 1933年

‘ガブリエル・ノエル’
‘ガブリエル・ノエル’ Photo/田中敏夫

中輪または大輪、乱れがちな丸弁咲き、またはカップ型の花形。ピンク・アプリコットとなる花色。モスローズとしては例外的なものです。大株となってクライマーのようになるという記述も見られますが、中型のシュラブと考えるのがいいと思います。

1933年、フランス・ディジョンの育種家ポール・ブアトワ(Paul Buatois)によって育種・公表されました。

‘パークジュエル’(Parkjuwell)- 1950年

‘パークジュエル’
‘パークジュエル’ Photo/今井秀治

大輪、35弁を超えるカップ型の花。明るいピンクという記述もあるようですが、現在出回っているものはだいたい深いピンク色です。深い色合いの半照り葉。中型、横張り性の強いシュラブとなります。

1950年、ドイツのコルデス社(W. Kordes & Sons.)により育種・公表されました。パークジュエルとは「公園の宝」という意味です。コルデス社では公園などに植栽する修景バラと考えていたのでしょう。

‘ブラック・ボーイ’(Black Boy)- 1958年

ブラック・ボーイ
‘ブラック・ボーイ’ Photo/今井秀治

中輪または大輪、40弁ほどのオープン・カップ型で、熟成すると花形は乱れがちです。花色はカーマインまたはバーガンディ、次第にパープリッシュな色合いが濃くなっていきます。楕円に近い形のよいつや消し葉、萼や茎には鋭い小突起が密生します。こんもりとボリュームが出る中型のシュラブになります。

1958年、ドイツ、ライナー・コルデス(Reiner Kordes;W. Kordes & Sons)により育種・公表されました。

‘レディ・モス’(Lady Moss)- 1970年

中輪または大輪、40弁ほどのカップ型・ロゼッタ咲きとなる花形。花色はライト・サーモン・ピンク、花心は濃く色づくことが多いです。小さなつや消し葉、モス(苔)が密生する萼や茎、小さなブッシュとなります。

1970年、アメリカのラルフ・ムーア(R. S. Moor)により育種・公表されました。

‘トレジャー・トレイル’(Treasure Trail)- 2002年

中輪、小さな花弁が密集するダリアにそっくりの花形。クリームの花弁にオレンジがあふれるように出る2色の花色です。小さな照り葉はミニバラのもの、小突起が密生する枝ぶりの小型のブッシュとなります。

2009年、アメリカのポール・バーデン(Paul Barden)により育種されました。新進気鋭の育種家として声望が高まっていたバーデンでしたが、バラ育種をやめてしまい、現在はカラーなど切り花種の育種へ転向してしまったということです。

100歳を超えるまで現役として活動したラルフ・ムーア。生まれるのが100年遅かったオールドローズ育種家のポール・バーデン。2人の出会いは奇跡のようです。ムーアはすでに亡く、バーデンはバラ育種をやめてしまいました。とても残念です。

最後にポール・バーデンが残したメッセージを載せます。

「2011年、私は育種を断念することにしました。ご存じのように業界は壊滅状態にあり、私が生きている間には回復する見込みがないと思われるからです。そして、衰退し消滅していくと思われる市場のために、植物の生産を続けることは意味がないだろうと感じます。2011年は私の最後の交配の年となりました。したがって2012年の実生が最後のものとなります。悲しいことですが、(私が育種した)多くの、ひょっとしたらすべての品種が商業的流通に供されることはなくなるのではないかと感じています」

Credit

文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズアドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたい思いから、2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間運営。2010年春からは「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズアドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。

写真/田中敏夫、今井秀治

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