花や緑に親しみ、季節感に溢れる暮らしを訪ねる「私の庭・私の暮らし」。今回は、静岡県の伊豆高原で、バラの咲くミックスボーダーを中心に、池やロックガーデンなど変化に富んだ景色づくりを楽しむ堀江邸を訪ねました。

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70代で始めた念願の庭づくり

バラ‘カクテル’。
客人を出迎えるバラ‘カクテル’。

今から8年前のこと、堀江禮司さんは70代で伊豆高原に家を建て、念願の庭づくりを始めました。この庭でのガーデニング歴は10年に満たないものの、堀江さんはじつは、40年にわたる洋ランの栽培経験を持つ花愛好家。以前の住まいでは、2階の東南という、最も日当たりのよい部屋を洋ランに譲り、ストーブを焚いて温室にしていたほど、栽培に熱心でした。そんな植物好きの堀江さんにとって、十分な広さのある庭を持つことは、長年の夢でした。

アーチのバラ
玄関脇のアプローチに据えられたバラ‘ピエール・ドゥ・ロンサール’のアーチ。明るい葉色のシンボルツリー、ニセアカシアの‘フリーシア’が寄り添います。ハクロニシキの白い新芽もよいアクセントに。

堀江さんは、家をコの字形に囲む、広さ280㎡の庭を少しずつ整え、2016年からは「伊豆オープンガーデン」に参加して、5月の庭を花好きの人々に公開しています。このオープンガーデンは、伊東市の「伊豆ガーデニングクラブ」の会員有志が個人の庭を一般公開するもので、2019年には16の庭の参加がありました。伊東駅から「庭巡りバス」が臨時運行されるほどの人気です。

バラ‘ピエール・ドゥ・ロンサール’
堀江さんが「姿、形がいちばんよい」と好むバラ‘ピエール・ドゥ・ロンサール’。

35種のバラが植わる堀江さんの庭は、バラの見頃を迎える5月が最も華やかです。玄関先では、一重のバラ‘カクテル’がにぎやかに人々を迎え、続いて、優美なピンクのバラ‘ピエール・ドゥ・ロンサール’の伝うアーチが、芝生の庭へと誘います。

玄関脇のこのアプローチでは、春から初夏にかけて、シダレザクラ、シャクナゲ、ブルーベル、バラ、そしてアジサイと、花の主役がリレーしていきます。中でもシャクナゲの大ぶりな花は、道行く人の目を引いて、近所でも評判です。

庭を海に見立て、「島」をつくる

ロックガーデン
岩を組んだロックガーデンの3年前の様子。撮影/堀江禮司

8年前に庭の設計に取りかかった際、堀江さんは、この真っ平らな土地にどのように庭をつくったらよいのかと、頭を悩ませました。ガーデンデザインのプロに相談してみると、庭の景色に変化をつける手段として、庭を海に見立てて「島」をつくることを提案されます。そこで、コの字形の庭の、東側の角に小さな築山のロックガーデンを、その対角線上にある西側の角には池をつくって、2つの「島」を設けることにしました。

ロックガーデン
現在のロックガーデン。頂上のコニファーが大きく育って、こんもりとした印象に。
グラウンドカバー
ロックガーデンの斜面を覆うグラウンドカバーの美しいコンビネーション。

玄関脇のアーチをくぐって庭に入ると、まず、こんもりと茂ったロックガーデンが目に入ります。岩を組んだ小さな築山の頂上付近には、這うタイプのコニファーが、斜面には、セダム、エリゲロン、クリーピングタイムなどのグラウンドカバーが植えられていますが、それらの植物がよく育って、今では岩はほとんど見えません。立体的なこの「緑の小島」は、細長い花壇が伸びるシンプルな芝生の庭で、よいアクセントとなっています。

絞りのバラ‘ポール・セザンヌ’
イエローとピンクの絞り模様のバラ‘ポール・セザンヌ’。

敷地の囲いも、どうするか悩みどころでした。伊豆高原はのんびりとした雰囲気の別荘地だから、囲いなどなくてもよさそうなものの、植物が寄りかかれるものは必要か…と、あれこれ思案した結果、杭に2枚の板を渡した、牧場の柵のような、シンプルな木柵を立てることにしました。この木柵は開放的な土地柄によくなじみ、バラも姿よく絡まります。おまけに価格も手頃で、満足のいく選択となりました。

ロックガーデンと花壇
ロックガーデンと木柵に沿って伸びる花壇。左の、シンボルツリーのニセアカシアを囲む植え込みも芝生の庭のよいアクセントに。撮影/堀江禮司

庭は外から丸見えですが、そのおかげで、庭仕事をしていると道行く人々が気軽に声をかけてくれます。ご近所さんとの交流が生まれるきっかけにもなりました。

景色になれば、なんだって

アナナスの仲間
パイナップル科のアナナスの仲間で、根が出ず、空中を横へと伸びていく不思議なつる性植物。ラン栽培の温室から持ってきました。

庭には、アナナスの仲間やビカクシダなど、洋ランを栽培していた温室から持ってきた珍しい植物もありますが、堀江さんの庭づくりの方針は、「景色になれば、植物はなんだってよろしい」というもの。園芸経験を積むと、より新しい植物や珍しい植物に目を引かれがちですが、堀江さんは、よく目にするありふれた植物でも、雑草でさえも、「いいな」と思えば取り入れます。

ワトソニア
ミックスボーダーに咲くアヤメ科の球根植物、ワトソニア。

庭にある植物は、最盛期は350種あったといいますが、今は100種ほどに落ち着いています。植物は衝動買いすることがほとんどで、植栽が充実している現在は、思わず買ってしまってから、どこに植えようかと悩むこともしばしば。

バラ‘ピース’
ブルーベリーの隣には、大輪の名花‘ピース’。

コの字形の庭には、木柵に沿って、同じくコの字形に細長い花壇が伸びています。バラを中心としたミックスボーダーで、庭に高さを与えるモミやミモザなどの樹木、ブルーベリーやレモンなどの果樹、球根花や一年草や宿根草など、大小さまざまな植物が植わって、美しい景色をつくります。

レモンの花
芳しいレモンの花。

英国の思い出からインスピレーションを得て

ガーデン
東南側では、大きく育ったモミが庭に高さを与えています。白バラ‘アイスバーグ’を背景に、キンギョソウやデルフィニウムが花穂を伸ばす、カラフルな一角。

堀江さんは1975年から4年間、駐在員としてイギリスに滞在していました。当時は企業戦士で、ガーデニングを楽しむ時間はありませんでしたが、借りた家は庭付きで、英国らしく、バラやリンゴの木がありました。たまの休日には家族で田舎にウォーキングに出掛けて、山や川、牧場を散策しながら、ルートにある貴族の館や庭を訪ねることもありました。

イングリッシュガーデン風の植栽
イングリッシュガーデンの趣のある植栽。二年草のジギタリスはこの辺りでは夏を越すのが難しいため、毎年、苗を買って植えています。

中でも思い出深いのは、帰国後に再びイギリスに渡り、当時まだ日本ではあまり知られていなかったコッツウォルズを奥様と2人、2週間かけて回ったドライブ旅行です。コッツウォルズの美しい村や庭を巡り、貴族の館や農家のB&Bに泊まってゆっくり過ごす。そんな英国の豊かな田舎を体験したことは、今も庭づくりにインスピレーションを与えてくれます。

陶磁器コレクション
伊豆高原アートフェスティバルで披露した、奥様の陶磁器コレクション。撮影/堀江禮司

伊豆高原では、2017年までの25年間、毎年5月に住民による文化活動である「伊豆高原アートフェスティバル」が開催されていました(現在は「伊豆高原五月祭」と形を変え、引き継がれています)。2016年5月、堀江さん宅では、ご主人がオープンガーデンで庭を披露する一方で、フェスティバルに参加した奥様は、英国滞在中に集めた陶磁器のコレクションや英国刺繍の作品を展示し、訪れる人々をもてなしました。さまざまな芸術ジャンルのプロ作家や趣味人が多く居住する、文化の香る別荘地ならではの風景です。

ミモザのある花壇
アクセントにミモザを植えた南側の花壇。右手は池。
黄色いミモザの花
2月になると株いっぱいに鮮やかな黄色の花をまとうミモザは、サクラよりも早く春を告げる存在。撮影/堀江禮司
洋らん
大切にしてきた洋ランは、今は無加温で生きていけるものだけを育てています。

命を育む小さな水辺

庭の池
ウッドデッキから眺められる池。撮影/堀江禮司

さて、南西側には、庭の景色に変化を与えるもう一つの「島」である、小さな池があります。この池は、庭をつくるに当たって、堀江さんが真っ先に欲しかったものでした。幼い頃を過ごした岐阜の土地では、田んぼが広がり、トンボやカエルなどの野生生物がたくさん棲んでいました。そんな、かつて昆虫少年として遊んだ里山の水辺を、ぜひとも庭で再現したかったのです。

池のある庭
小さな池にはメダカが泳ぎ、ナガバオモダカなど数種の水草が生えています。

メダカが泳ぐ4畳半ほどの池は、庭土を掘り下げて底に防水シートを敷き、石で押さえるという簡単なつくりですが、一見しただけではそうと分かりません。水草がたくさん生えているので、池の水が少なくなったら時々足すだけで、さほど労力をかけずに維持することができます。

ショウジョウトンボ
この池で育った、真っ赤なショウジョウトンボ。撮影/堀江禮司

この池は、トンボやカエルをはじめ、多くの野生生物の棲みかとなっています。ショウジョウトンボ、クロスジギンヤンマ、シオカラトンボ、オオシオカラトンボ 、ウスバキトンボ、イトトンボ、ギンヤンマ、アキアカネ…。これらはすべて、この池で羽化したトンボです。池には常に、たくさんのヤゴが棲んでいるというから驚きます。

モリアオガエル
枝に登るオスのモリアオガエル。夜は水辺にいて、昼は樹木の代わりに2階のベランダに登ることも。撮影/堀江禮司

天然記念物のモリアオガエルもやって来ます。森の中に暮らし、木の上で生活するというこのカエルは、産卵期になると水辺に集まる習性がありますが、堀江さんの池でも、過去に一度だけ、オス、メスが揃って、産卵に至ったことがありました。この池は、堀江さんが育った里山の水辺のように、生き物の命をつなぐ貴重な場、ビオトープとして機能しています。

ジャーマンアイリス
池の脇で咲くジャーマンアイリス。

丹精して育てた庭は、人々を迎える交流の場、そして、小さな生き物たちを育むゆりかごとなって、日々の楽しみをもたらしてくれます。よりよい景色を求めて、堀江さんの庭づくりは続きます。

Credit

文&写真/ 萩尾昌美 (Masami Hagio)
ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の5年間をロンドンで過ごし、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するようになる。神奈川生まれ、2児の母。

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