古来より日本に自生するバラの原種の一つ「ハマナス」は、西洋に渡ったことで、私たちが現在目にするモダンローズの誕生に大きく貢献しました。バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるもの。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによるバラの名前と出会いのエッセイ。日本各地での開花の様子とともに「ハマナス」をご紹介します。

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バラの原種、ハマナス

ハマナス

ハマナスがバラだと知ると驚く人がいる。花屋の店先のバラをイメージすると、かけ離れて見えるのだろう。バラを西洋の花と思っている人も多い。だが、日本にも古来より原種のバラが自生していた。その数10数種といわれている。

なかでも人々の身近にあって、古くから詩歌に詠まれたのが、ノイバラとハマナス。この2つの代表的な日本のバラは西洋に渡り、モダンローズの誕生に大きく貢献している。

ハマナスのローズヒップ
赤く熟したハマナスの実(ローズヒップ)。

野生のハマナスは本州の日本海側では島根県以北、太平洋側では茨城県以北、さらに北海道を中心に海岸線に沿って分布している。花は5弁の一重で、濃桃色と白色がある。名前の由来は諸説あるが、球形の実が梨の形に似ていることから「ハマナシ」、それがなまって「ハマナス」になったとされるのが有力だ。学名は「ロサ・ルゴサ」(Rosa rugosa)。

ハマナスの花
東京、皇居東御苑バラ園のハマナス。ここでは日本の原種バラ数種を見ることができる。

日本の野生バラに惹かれ、数年前に『日本のバラ』という本を出版した。万葉集や源氏物語に登場し、江戸中期の絵師・伊藤若冲にも描かれた日本古来のバラを辿ってみたいと思ったのだ。

シロバナハマナス
皇居東御苑のシロバナハマナス。北海道ではかつて自生のシロバナハマナスの群落が見られたが、今ではほとんどが姿を消したという。

ハマナスの群生を訪ねて知床へ

知床半島のハマナス自生地
知床半島のハマナス自生地。
知床のハマナス
オホーツク海に面した砂浜に咲くハマナス。遠くに知床岬の先端が霞んで見える。

ハマナスの花は各地のバラ園などでも出合えるが、その艶やかな姿を自生地で見たいと、北海道の知床半島を訪ねた。かつては至る所にあったハマナスの群落も、開発や護岸工事の影響でかなり少なくなっているという。

知床のハマナス

ウトロを基点に海岸線を南下し、斜里町から網走にかけての浜辺でかろうじて花を見ることができた。オホーツク海と知床連峰を背景にした雄大な景色のもと、ここでは海からの風を受け砂地に這うように枝を延ばすもの、また周囲の雑草に守られ1mほどの背丈を維持しているものなど、北の厳しい自然の中に咲く本来のハマナスの姿に出合うことができた。この花の凛として、またどこか妖しげな風情はこうした環境で育まれてきたのだ。

知床のハマナス

野付濃紅を訪ねて半島へ

野付濃紅 ハマナス

ハマナスの中に特に紅色が濃い花で、野付濃紅(のつけこいくれない)と呼ばれるものがある。知床半島を東に横断し、その自生地である野付半島に向かった。野付は半島というより海砂の堆積によってできた日本最大の砂嘴(さし)で、20数キロの長さを誇っている。そこにハマナスをはじめとし、センダイハギ、チシマアザミ、ハマエンドウなど多種多様な植物が群生している。

ハマナス

原生地だが自然公園となっているのでハマナスは保護され、50㎝から150㎝の低木で繁っている。花期は6月中旬から9月にかけて。私が訪ねた時、花は咲き始めで少なかったが、それでも朝の光の中できらめく様は見事だった。満開になれば陶酔を誘う風景となるに違いない。

ハマナスの栽培品種

ベニハマナス
ベニハマナス。バラの育種家、故鈴木省三氏によって作出され、学名ロサ・ルゴサ‘スカーレット’(Rosa rugosa ‘Scarlet’)と名付けられた。栽培品種として正式登録はされていないが、神代植物公園や草ぶえの丘バラ園などで見ることができる。

ハマナスは日本以外でも東南アジアの北部に分布し、現在はヨーロッパ北部などにも帰化している。丈夫で耐寒性に優れているので、園芸バラの作出に貢献し、多くの栽培品種が生まれている。

 ピンク・グローテンドルスト。
‘ピンク・グローテンドルスト’(Rosa rugosa ‘Pink Grootendorst’)。カーネーションに似た‘グローテンドルスト’の花には、赤・白・ピンクの3色がある。
‘ロズレ・ドゥ・ライ’(Rosa rugosa ‘Roseraie de I’Hay’)。フランス、パリ郊外にあるバラ園の名前を冠した大輪のバラ。

栽培品種には‘スカブローサ’、‘ハンザ’、‘グローテンドルスト’などがあり、フランスのバラ園の名前を冠した ’ロズレ・ドゥ・ライ’もそのひとつである。ドイツやオランダでは交差点や街路に植え込まれ「交差点のバラ」とも呼ばれている。

詠われたハマナスの花

知床のハマナス
知床のハマナス。花びらや葉には紙細工に似たかすかな皺があり、学名のルゴサはラテン語の「皺のある」を意味するという。

ハマナスの花の名前が広く知られるようになったのには、1960年に森繁久彌が作詞作曲した歌「知床旅情」の存在がある。

「知床の岬に はまなすの咲く頃 思い出しておくれ 俺たちのことを」で始まる歌は、映画「北の涯に生きるもの」のロケ先・羅臼町(らうすちょう)で作られた。加藤登紀子をはじめとして、多くの歌い手がこの曲をカヴァーしている。

明治時代の歌人、石川啄木は「潮かをる 北の浜辺の 砂山の かの浜薔薇(はまなす)よ 今年も咲けるや」と詠んでいる。啄木は1907年、21歳の時に函館に職を得て岩手から移り住んだ。わずか132日でこの地を去ったが、のちに函館で生涯を終えることを熱望したという。

大森浜の石川啄木碑
函館市近郊、大森浜の石川啄木碑。背後に見えるのは立待岬で、そこには啄木とその一族の墓がある。墓所からは大森浜を望むことができる。

その後の放浪の人生に比して、函館はつかの間だが穏やかな日々を過ごした場所だった。その象徴がハマナスだったのだろう。

津軽海峡が目の前に広がり、遠くに下北半島を望む大森浜を啄木はよく散策した。その砂丘は砂山と呼ばれ、当時ハマナスが群生していた。だがもうこのあたりの海岸にハマナスは見られない。

ハマナス
啄木碑の傍に咲いていたハマナス。

大森浜に建つ啄木像の台座には彼が詠んだハマナスの歌が刻まれている。傍らに植えられたハマナスが1輪だけ咲いていた。

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-19年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

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