都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って26年。自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本路子さんのガーデン・ストーリー。今回は自宅に居ながらにして、3種4本の桜で花見ができる春の喜びをご紹介します。

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鉢植えの桜が咲き誇る春

バルコニーの河津桜
2019年3月、開花した北面バルコニーの河津桜。伊豆から80cmほどの苗を電車で運んできて、5年目の若木。リビングルームからの風景。

わが家のバルコニーには3種4本の桜の木がある。鉢植えのささやかな苗木だが、それでも春を先取りする河津桜は2mほどの高さで、毎年たくさんの花を付ける。

バルコニーの河津桜
2019年2月。東面のバルコニーの河津桜。

河津桜が最初に我が家にやってきたのは、二十数年前のこと。伊豆から届いた苗木だったが、成長しすぎて初代のレモンの木同様、千葉・鴨川の友人の庭にもらっていただいた。当時は鉢植えの木の扱い方がよく分かっていなかったのだ。

1mほどの苗木を再び手に入れたのは、10年ほど前。バラと同様に鉢の土替えをすると、2mの高さで安定して育つようになった。考えてみれば、桜もまたバラ科の植物なのだ。

河津の桜並木

河津の桜並木

河津桜は野生種のカンヒザクラと他種の桜の種間雑種とされる。伊豆半島の河津町で1955年に原木が発見され、60年代から増殖が始まった。現地では今や8,000本が植栽されている。なかでも河津川の両岸の桜並木は4kmにわたり続く見事なもので、多くの人が花のトンネルの散策を楽しんでいる。

河津の桜並木

いち早く春を告げる花

バルコニーの河津桜
かなりの早咲きなのが河津桜の魅力の一つで、我が家の日当たりのよい東面のバルコニーでは1月下旬から花開き始める。同じ桜でも染井吉野が一斉に咲いて10日ほどで散るのに比べ、河津桜はたくさんのつぼみが徐々に開いて、また花もちもよいので、1カ月ほど楽しむことができる。2月の花見は、これから訪れる春を予感させるもので、まだまだ寒い季節にほっこりと気持ちを緩めてくれる。

雪中の桜

雪をかぶって咲くサクラ

早咲きの桜は、時に雪に見舞われる。昨年(2018年)は都心でもかなりの積雪があり、バルコニーの桜花も凍えていた。だが、雪の中の桜を愛でる「桜隠し」や「綿かぶり」といった美しい言葉があることを知り、雪中の桜もゆかしいと思えるようになった。雪に凍った蕾も、陽の光を浴びてゆっくりと花開く。

桜木への訪問客

サクラとメジロ

桜が咲くと早速訪れてくるのが、メジロ。花の蜜が大好物なのだ。東面のバルコニーは枝が窓辺近くまで伸びているので、メジロが夢中で蜜を吸うのを、リビングから眺めることができる。また4月に実が熟すと、小鳥たちが驚喜してそれをついばむさまが楽しめる。

サクラとメジロ
東に面したリビングの窓越しに見たメジロの愛らしさ。

鉢植えの良いところは、木を動かせること。北面の広めのバルコニーの河津桜はつぼみがほころび始めたところで、中央に置かれたテーブルの脇に移動させる。こちらは日当たりの関係で、東面バルコニーの桜が終わった3月頃に開花するので、暖かい日中は花の下でお茶の時間を過ごすことができる。

染井吉野

鉢植えの染井吉野

北面バルコニーの玄関側には染井吉野の鉢植えが置かれている。これは全国の桜木のほぼ8割を占める花だが、その歴史は意外に新しい。日本古来の野生の桜は数千年の歴史があるのに比べ、染井吉野が生まれたのは江戸末期。明治になって流行した桜である。

鉢植えの染井吉野

接ぎ木が容易で、根付きがよくて大量に増殖可能なうえ、成長も早いことから各地で植栽されるようになった。実生ではなく、いわばクローンなので、全国どこでも同じ花が咲き、日本の桜というイメージが定着していった。

長い間観賞の対象だったヤマザクラに比べ、葉が出る前に枝一面に花を付けるのも、花見の理想に近く、人気が出た理由だろう。

陽光という桜

数年前から友人の実家での花見に参加している。目当ては、都心の住宅地の庭に10m以上の高さで枝を広げる陽光という桜だ。陽光は愛媛県の作出家が二十数年かけて丈夫な苗に改良した栽培品種で、近年庭園や街路で見かけることも多くなってきた。「天地に恵みを与える太陽」という意味で、この名が付けられたという。誕生の物語が映画化されるなど、注目されている。

サクラ 陽光

2階の茶室の窓越しに見る風景が屏風絵のように艶やかで、これぞ眼福と思える。常には住む人がいないこの家に人知れず咲く花で、一日限りのお披露目であることもまた格別だ

サクラ 陽光
小さな鉢植えの陽光。

花見の帰り道、自宅近くの花屋の店先に30cmほどの陽光の苗木が2鉢並んでいるのに出くわした。花は終わりかけていたが、早速我が家に一鉢持ち帰り、一回り大きな鉢に植え替えた。ちょっと背が伸びたので、今年の開花が待ち遠しい。陽光は染井吉野より10日ほど早く花開く。

東京の桜

バルコニーのサクラ

わが家に桜が咲くようになって、いつしかその多様な品種に興味を抱くようになり、2015年、『東京 桜100花』という本を著してしまった。数年にわたって桜の写真を撮り、文献を読みふける日々を送った。

染井吉野もよいけれど、古来より人々の暮らしとともにあったヤマザクラやオオシマザクラなどの野生の桜や、各地方独自の桜など、多種多様な桜を愛でてほしいとの思いが募った時間だった。

河津桜の実
河津桜は、4月に柔らかな葉を茂らせ、実を結ぶ。熟すと鳥たちが驚喜してついばむ様が見られる。

思えば拙著『ヨーロッパ バラの名前を巡る旅』も、出発は我が家のバルコニー。この狭い空間から世界とつながり、悠久の時に遊ぶことができたのだ。そう思うと、植物や木々の底知れぬ力に動かされていることに、あらためて驚かされる。

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Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-19年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

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