バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てるカメラマン、松本路子さんによるバラと人をつなぐフォトエッセイ。英国のバレエ・ダンサーと、その女性の名を冠した美しいバラをご紹介します。

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真紅のバラ‘ダーシー・バッセル’

バラ ダーシー・バッセル

数年前、デビッド・オースチン・ロージズ社から送られてきたバラ苗のカタログの中に‘ダーシー・バッセル’という名前のバラを見つけた。その時の驚きと感動は、今思い出しても胸が高鳴る。

ダーシー・バッセル(Darcey Bussell)は20年の長きにわたり、英国ロイヤル・バレエ団を代表するバレエ・ダンサーとして、世界的に活躍した踊り手だ。私は何回か彼女に会い、ポートレートを撮影した。

彼女の人柄に魅せられていたので、いくつかのバラ園で‘ダーシー・バッセル’の花に出会うたび、その人に思いを馳せてきた。

ダーシー・バッセル

ダーシー・バッセルは世界各国から優れたダンサーが集まる英国ロイヤル・バレエ団の中でも、ロンドン生まれということで、ロンドンっ子たちに特別に愛される存在だった。

13歳でロイヤル・バレエ・スクールに入学。バーミンガムのバレエ団を経て、1988年にロイヤル・バレエ団に入団。ケネス・マクミラン振付の『パゴダの王子』の主役を踊り、翌年、20歳の若さでバレエ団の最高位であるプリンシパルに任命された。その時の役名が「プリンセス・ローズ」であるのも、今思えば、バラとの縁を感じさせる。

女性アーティスト、ダーシー・バッセルの人生

ダーシー・バッセル

最初にバッセルに出会ったのは1993年、彼女が24歳の時だった。当時私は世界各地で女性アーティストの肖像を撮影していた。ロンドンで彼女の舞台を見てすぐに申し込み、バレエ団の楽屋で撮影することができた。その時の写真は『Portraits 女性アーティストの肖像』、『DANCERS エロスの肖像』という2冊の写真集に収められている。

舞台上のバッセルは背が高く、バネのような強靭な肉体を生かしたダイナミックな踊りと、繊細でしなやかな精神性を醸し出し、観客を魅了していた。楽屋で会った時も凛とした佇まいながら、親しみやすい笑顔の持ち主で、ごく自然にそこに在るといった風情でカメラに向かってくれた。

赤バラ ダーシー・バッセル

何度か来日公演も行い、代表作の『3人姉妹』『マノン』などの主役を踊っている。特に『マノン』は愛と享楽を求めて堕ちていく女性を現実感あふれる姿で描き、情熱的なパ・ド・ドゥを展開。優雅で気品に満ちたロイヤル・スタイルと濃厚なドラマ性が融合した舞台を見せてくれた。

プライベートではオーストラリア人の銀行家と結婚。2001年、2004年と2人の娘をもうけている。女性ダンサーが子どもを育てながらバレエの舞台の主役を務めるのは、当時としては画期的なことだった。

その頃、同じバレエ団のプリンシパルとして舞台に立っていた吉田都と楽屋を共有していて、吉田を撮影に訪れた時、バッセルの化粧鏡の前に飾られた娘たちの写真を見ることができた。一緒に写っている彼女の姿はまさに母親そのもの。

美しい家族写真だった。

ダーシー・バッセルのチラシ
1999年に日本で公演された「英国ロイヤルバレエ団」の当時のチラシ。中央がダーシー・バッセル。

2007年『大地の歌』の舞台で、ロイヤル・バレエ団のプリンシパルを引退。その後もゲスト・プリンシパルとして同バレエ団の舞台に立っている。現役時代、舞踊界への功績から2度に渡り、バッキンガム宮殿にてエリザベス女王から大英帝国の勲章を授与された。

劇場の舞台以外でも、2012年のロンドン・オリンピックの閉会式で、200人のロイヤル・バレエ団のダンサーを率いて、[Spirit of the Flame]という演目を踊っている。またダンスの団体の総裁や各種審査員なども務め、こうした多岐に渡る活動から、2018年に3度目の勲章(大英帝国二等勲爵士)を授与されている。

英国で発表された美しいバラ‘ダーシー・バッセル’

赤バラ ダーシー・バッセル

バラ‘ダーシー・バッセル’はデビッド・オースチンによって作出され、2007年のチェルシー・フラワーショーでお披露目された。その年、バッセルはロイヤル・バレエ団を退団しているので、バラは20年間プリンシパルとして君臨した彼女へのオマージュとして捧げられたものだろう。フラワーショーで初めてこのバラと出合ったロンドンっ子たちの喜んだ顔が目に浮かぶようだ。

赤色系のバラは育種が難しいとされるが、‘ダーシー・バッセル’は丈夫な品種で、連続してよく返り咲く。樹高は低めで、ブッシュ状態の姿で花壇でも鉢植えでも育てやすい。咲き始めと満開時の姿が微妙に変化し、花色がクリムゾンからモーヴに変わっていくのも味わい深い。

赤バラ ダーシー・バッセル

‘ダーシー・バッセル’の花を愛でながら、彼女の舞台を記録したDVDで舞い姿を堪能する。バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、庭仕事とともに、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるのだ。

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Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-19年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

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