都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って26年。自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本路子さんのガーデン・ストーリー。今回は挿し木で育てて15年になる「父のレモン」と収穫の楽しみをご紹介します。

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バルコニーでレモンを収穫する

レモンの鉢植え

わが家の北向きの広めのバルコニーに、1本のレモンの木がある。バラがメインの場所なので、小さめに設えてある鉢植えの苗木だ。それでも育て始めて15年目の今年2019年は、30個ほどの実を収穫した。

父の庭からの挿し木苗

レモンの実

レモンは、伊豆の父の庭にあった木から挿し木したものだ。2、3年に1度鉢増しをして、現在の大きさの鉢に落ち着いた。父の庭では枝を大きく広げ、毎年200個近い実がなっていた。最初に数本の挿し木用の枝をもち帰ったのは、20年ほど前だろうか。

バーミキュライトの土に挿した枝からいくつかの苗が育った。伊豆の庭の木を一代目とするとそれが二代目。現在ある木は、そこからさらに挿し木をしたので、三代目、いわば孫苗にあたる。

最初の1本

バラとレモン
秋バラと青い実を多数つけたレモン。10月ごろ。

最初に育てた苗は大きくなりすぎて、友人のエッセイスト、鶴田静さんの千葉・鴨川の庭に引き取ってもらった。パートナーの写真家、エドさんが軽トラックで来宅し、数本のバラ苗とともに鉢ごと運んでくれた。

当時はレモンの木の育て方がよくわかっていなかった。インターネットもない時代、かといって園芸書をひもとくほどの熱意もなかったから、木は自然に任せてのび放題、ゆうに2メートルは超え、手に負えないと思えたのだ。

三代目登場

レモンの木

現在の苗が1メートルほどに育った頃、イタリアで料理の修業をして帰国した友人が我が家を訪れた。レモンの木を見るなり、枝の剪定の時期や方法、肥料、水遣りをレクチャーし始めた。現地のレモン農園でアルバイトをしたことがあるのだという。

イタリア仕込みの栽培方法を伝授され、その頃父が亡くなったこともあり、三代目レモンは我が家のシンボルツリーとなった。

レモンの花咲く頃

レモンの花

レモンは例年5月から6月にかけて開花する。あたり一面甘く爽やかな香りが漂い、すがすがしい気持ちにさせられる。新葉を摘むと、手に移る香もまた楽しめる。

花とほぼ同時に1センチにも満たない実が顔を出し、私はそれをべイビィ・レモンと名付けて、毎日見つけるのを楽しみにしている。花の季節、蜜蜂が飛来し受粉を助けてくれるのだ。

いくつもの花や実が自然落下する。最初はそれを残念に思ったが、やがて木の体力に見合った数の実だけが残ってゆくのだろう、と思い至った。

アゲハチョウの幼虫

アゲハ蝶の幼虫

レモンなどのかんきつ類はアゲハチョウの大好物。卵を産み付け、幼虫は葉を食べて成長する。

ある時、葉陰にかなり大きくなった幼虫を見つけた。よく見ると目のような可愛い模様がある。風通しをよくするため葉を何枚か取り除いたら、翌日幼虫は姿を消していた。バルコニーを訪れる小鳥たちに見つかってしまったのだろう。我が家のバルコニーが無農薬で成り立っているのは、こうしたスズメやメジロたちのおかげでもあるのだ。蝶が生まれ、羽ばたくことを期待した私は、複雑な思いに捕らわれた。

レモン果実の収穫

レモンの実
左/花がらが落ち、小さな実が膨らみ始めた頃。右/日に日に実が大きくなる。

夏の間まだまだ小さかった実は、秋になると収穫時とほぼ同じ大きさに成長する。青い実が黄色味を帯びるのは12月くらいになってから。木で完熟するのを待ち、1月から2月が収穫の時期だ。

レモンの実

バルコニーの植物はすべて無農薬で栽培しているので、収穫したレモンは例年皮ごと輪切りにして蜂蜜に漬けている。自家製のヨーグルトに加えたり、またレモネードにして味わう。今年は少し多めに収穫できたので、塩レモンや、皮を冷凍保存するのも試してみたい。

レモンのハチミツ漬け

父が亡くなり、心残りなのはレモンの品種名を聞きそびれたこと。都心のバルコニーで、ひと冬に数回雪に見舞われても丈夫なので、かなり耐寒性が強い品種なのだろう。

二代目の挿し木苗の兄弟苗を育てている友人宅で、出入りの庭師さんが「イタリアの品種だろう」と推測したと聞くが、定かではない。

伊豆の家は住む人もなくなり、人手に渡った。レモンの木も今はない。我が家の三代目を「父のレモン」と名づけ、ささやかな収穫の時を寿いでいるのだ。

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Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-19年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

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