昭和61年、ある事件によってその多年草の名は日本中に知れ渡った。トリカブト。秋に枝分かれした茎の先に、独特な兜状の、極めて鮮やかな紫色の花を咲かせる。山野の林床をポツポツと彩る紫の花は趣深く美しいが、全草に人を死に至らしめる猛毒を持つ。花の美しさではなく、その毒に魅入られ、自らを破滅へ招いた男の実話。

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美しい島に起きた怪死事件

その紫色の美しい花のどこに、人を死に至らしめる猛毒があるのか。彼はいつ、どうしてそれを知ったのか。そして、その毒を利用することに思い至ったのか。

昭和61年、石垣島へ旅行に来ていたAさん(当時33歳)は、島で友人達と合流した直後、突然苦しみ始めた。大量の発汗、腹痛、嘔吐、けいれん。搬送先の医師たちの懸命の処置も虚しく、Aさんはあっという間に息を引き取った。若い女性のあまりの突然の死に、疑惑の目は3カ月前に結婚したばかりの夫、神谷力(かみやちから・当時46歳)に向けられた。疑惑の訳は、彼が直前にAさんと行動を共にしていたというだけでなく、ほかにもあった。

次々に亡くなる若い妻

神谷の結婚はAさんが初めてではなく、以前に二人の妻がいた。最初の妻とは昭和40年に結婚。しかし、56年に原因不明の心臓発作で亡くなった。次の妻とは前妻が亡くなる前から関係を持ち、57年に結婚するも3年後の60年に、やはり突然の心臓発作で亡くなった。二人とも38歳という若さで、原因不明の心臓発作という不可解な死。Aさんを含めると、神谷の周りでは5年の間に若い女性3人が次々に原因不明の死を遂げていた。

加えてAさんが結婚直後にかけられた4社、総額2億1千万円の巨額な生命保険。支払いを保留した保険会社に対し、神谷は保険請求訴訟を起こし、3年後の平成2年2月、1審判決で勝訴。しかし同年10月の控訴審で、Aさんを司法解剖した大野曜吉医師が、「死因はトリカブトによる中毒死である」と証言したのだ。さらに高山植物店の店主が、大量のトリカブトを神谷に売ったと証言。事件は急展開をみせる。

Aさんの心臓はいたって健全で、出血の痕跡もみられなかったことから、死因を不審に思った大野医師は数種の薬物について独自に検査するも、いずれも原因究明には至らず、母校の東北大学へ保存していた血液を送り調べてもらっていた。そして検出されたのが、野山に自生する多年草の植物の毒。トリカブトの毒だった。

品種が多く、秋のガーデンの彩りにもよく利用されるトリカブト。濃い紫色の他に、白色が混じるものなど花色も複数種ある。

古くから暮らしに利用されてきた毒

こうしてトリカブトは、「トリカブト殺人事件」という名称によってその毒性が周知されることとなったが、実はトリカブトは古来致死的な有毒植物として知られてきた。矢毒としての利用はチベット族やアイヌ族に知られ、アイヌ民族はトリカブトの根で矢毒を作り、狩猟に利用してきた歴史を持つ。トリカブトにはアコニチン aconitine 系アルカロイドという毒性成分が含まれるが、有毒アルカロイドは長時間加熱すると aconine に変化し、毒性が 200 分の1となるため、射止めた動物肉を食すことができるのだ。

そもそも、トリカブトだけでなく植物の多くは毒素を含んでいる。春の山菜をいただいたときに感じる苦味や独特のエグミもその一つで、人類はそれらを火にかけたり、水にさらしたりして調理し、毒性を弱めて食材としてきた。植物は種を保存するためにさまざまな工夫を繰り出すが、毒素は動けない植物が動物たちに食べ尽くされないよう自らを防衛する手段の一つだと考えられる。

日本三大毒草

日本三大毒草の一つ、ドクゼリ。

中でも特に毒性の強いものがトリカブトで、日本三大毒草といわれている。ほかの2つは、春にレースフラワーのような可憐な花を咲かせるドクゼリ。夏に赤い小さな実をつけるドクウツギ。いずれも誤食による死亡例が報告されている。

ドクゼリの生育地である水辺には食用となるセリが混在しており、春先、セリやワサビと間違って採取される例が少なくない。ドクゼリとそれらを見分ける術は香りだ。両者の香りは判別可能な相違があるため、摘み取る際には葉を揉んで香りを確認することが必要だ。成長すると、ドクゼリは草丈 60 ~100㎝に達し、 6 ~ 8 月頃にレースフラワーのような白色から淡いピンクの花を咲かせる。 全草に猛毒のポリイン化合物(シクトキシン類)を含有している。

ドクウツギは日当たりのよい荒地に生育する。夏につける赤く美しい実は、いかにもおいしそうな色で口に入れたい誘惑にかられるが、コリアミルチン、ツチンといった毒性があり、たった3粒口に含んだだけで死に至るといわれている。農村での子どもの死亡例が多かったため、現代では危険な植物として駆除され、人里ではあまり見かけることがなくなっているが、山野には自生している。

林床を彩るトリカブト。

男の心に生成された毒

さて、神谷力はトリカブトの猛毒をいつ、どこで知ったのか。彼は宮城県仙台市で生まれ、父親は東北大学の教授を務め、知的な家庭で育った。もしかしたら、子どもの頃から秋の野山に咲く美しいトリカブトの花を、神谷は見ていたかもしれない。しかし、その少年時代は幸福とはいえなかった。母親は神谷が小学5年生のときに服毒自殺を遂げていた。子の目の前で、自死した母親の狂気は多感な時期を迎える彼の心に間違いなく闇を生み、毒への異常な関心を育ててしまった。

Aさんの血液からはトリカブトの毒と同時にフグの毒も検出されたが、二つの毒は拮抗し、通常、数十分で出現するトリカブトの毒性をフグ毒は遅らせる。この二つの毒の拮抗作用を神谷は自身のアリバイ工作に利用した。このことからも神谷がいかに毒へ関心を持ち、独自に知識を深めていたかがうかがえる。

植物も動物も、自然界には毒を持つ生き物は少なくない。その仕組みは非常に興味深く、神秘的だが、そこに生命の不思議さや美しさを見出すのか、あるいは自身の欲望を満たすための道具とするのか。

生きるためではなく、自らを破滅に導く厄介な毒を心に生成する人間を、毒草トリカブトは哀れに思っているかもしれない。

<Poisonous Plants Data>

  • トリカブト/キンポウゲ科トリカブト属 Ranunculaceae Aconitum
  • ドクウツギ/ドクウツギ科コリアリア属 Coriaria japonica
  • ドクゼリ/セリ科ドクゼリ属 Apiales  Cicuta

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Credit

文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。

Photo/3) Alenka Krek/ 4) mizy/ 8) Bildagentur/Shutterstock.com
6)3 and garden

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