花の女王と称されるバラは、世界中で愛されている植物の一大グループです。数多くの魅力的な品種にはそれぞれ、誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。「バラをもっと深く知り、多くの人に伝えたい」と数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りします。今井秀治カメラマンの美しいバラの写真とともにお楽しみください。

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肖像画に描かれたバラ

まず、肖像画をご覧いただきながらお話を進めていこうと思います。美貌の画家、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(Élisabeth Vigée-Lebrun)によるマリー・アントワネットの肖像画です。

(“Marie Antoinette with the rose” by Élisabeth Vigée-Lebrun [Public Domain via. Wikipedia Commons])
手にしているバラ、そして背景に描かれているのはケンティフォリアだと思われます。17世紀末頃、フランドル(現ベルギー、オランダ)からフランスへ渡っていった美しいバラの多くはケンティフォリアでした。その中に少しだけ、ガリカが含まれていたという話は『ガリカ~最初の庭植えバラ』で触れました。16世紀頃には、静物画のなかで描かれていたこともご紹介しましたね。

ケンティフォリアは、バラが観賞の対象となり始めたとき、最も愛されたものでした。しかし、ケンティフォリアの由来はいまだに謎に包まれています。

ロサ・ケンティフォリア(R. centifolia L.)

ロサ・ケンティフォリア Photo/今井秀治

ロサ・ケンティフォリアはクラスの元となった品種として、最も古い由来のものと信じられているものです。

時代により研究が進む起源の説

紀元前450年頃、歴史学の父と呼ばれるヘロドトス(Herodotus)や、紀元前350年頃の、テオフラストス(Theophrastus)が、「バラの花弁数には変化が多い。5弁のもの、12弁、20弁、中には100弁のものもある…」と述べたことから、ケンティフォリア(“百の花弁”)は原種のひとつとされ、長い間最も古い由来の園芸品種だとされてきました。

分類学の父、カール・フォン・リンネも原種として記録していましたが、20世紀になってから英国のハースト博士などによりその考えには修正が加えられ、16世紀頃から200年ほどかけて、おそらくオランダにおいて育種されたものと理解されるようになりました。

英国のバラ育種家・研究家であるピーター・ビールズ(Peter Beales)は著作、『クラシック・ローゼズ(Classic Roses)』の中で、「最近、植物細胞研究者により行われたケンティフォリア交配種(R. x centifolia)の染色体の検査により、従来考えられていたような原種ではなく、複雑な交配種であることが判明した。ケンティフォリアは、明らかに、ガリカ、ロサ・フォエニキア、ムスク・ローズ、ロサ・カニナ(ドック・ローズ)および、ダマスク交配種からつくり上げられたのだ…」と記述しています。

このように、ケンティフォリアはガリカやダマスクなどより新しいものだと理解されるようになりました。

しかし、最近、カナダの研究者マリア・エヴァ・サブタルニー(Maria Eva Subtelny)により、由来に関する新たな論文が公表されて注目されています。

「13世紀の農業および園芸マニュアルである、”Āsār va aḥyā” [by Rashid al-din Fadl-allāh Hamadānī (1247?-1318)]は、100弁あるいは200弁になる園芸種について論述している。またIrshad al-zirā‘aは黄色、赤花品種であるファイアリー・ケンティフォリア・オブ・マシュハド(Fiery Centifolia of Mashhad:マシュハドの炎色ケンティフォリア;マシュハドはイランの都市名)について言及している。これらは西洋においては、キャベッジ・ローズと呼ばれ、16世紀あるいは17世紀に、アッバース1世(Shāh Abbās I)による治世下であるサファビー朝とオランダ間の文化および交易が盛んであった時代、あるいは花文化、特にバラおよびバラ精油に前例がないほど熱狂したオスマン帝国のスレイマン大帝(Sultan Süleyman the Magnificent)治下の宮廷を通じてオランダ経由で導入されたか紹介されたのだろう…」

(Maria Eva Subtelny, 2007, “Visionary Rose: Metaphorical Interpretation of Horticultural Practice in Medieval Persian Mysticism”)

この説が真実であるとすると、ケンティフォリアはイランで生まれ、13世紀あるいは16、17世紀にほぼ完成された姿でオランダに伝えられ、そしてフランスなどヨーロッパ各国へ伝播していったことになります。

上述のとおり多弁であることから、キャベッジ・ローズ(Cabbage Rose)、ハンドレッド・ペタルド・ローズ(Hundred-Petalled Rose)と呼ばれたり、パリ南郊外のプロヴァンス地方で盛んに生産されたことから、プロヴァンス・ローズ(Provence Rose)と呼ばれたりすることもあります。

ロサ・ケンティフォリアはシベが花弁化してしまっており、なかなか交配種を生み出すことができませんでした。そのため実生での新品種はなかなか生み出されず、古い時代は美しい枝変わり種が見出されて、それらが今日まで伝えられています。

ケンティフォリア・ムスコーサ(コモン・モス)(centifolia muscosa ;Common Moss )

ケンティフォリア・ムスコーサ Photo/今井秀治

1696年頃、つぼみに苔状突起(モス)が密生する品種が発見され、市場へ出回るようになりました。ロサ・ケンティフォリアからの枝変わりと考えられ、ケンティフォリア・ムスコーサ(centifolia muscosa)と呼ばれています。この品種が新たなクラス、モスの最初の品種となり、コモン・モスと呼ばれるようになりました。

このムスコーサから、さらに枝変わりしたであろうと考えられているのが、ケンティフォリア・クリスタータ(”鶏頭”)です。

ケンティフォリア・クリスタータ(シャポー・ド・ナポレオン)(centifolia cristata;Chapeau de Napoleon)

ケンティフォリア・クリスタータ Photo/今井秀治

ムスコーサは、つぼみを覆う萼片に苔状突起が生じるのですが、このクリスタータでは突起は羽毛状となります。そのため、つぼみ全体がナポレオンの愛用した帽子に似た形となることから、シャポー・ド・ナポレオン(Chapeau de Napoleon:”ナポレンの帽子”)という名前でも親しまれています。

モスの1品種として紹介されることが多いのですが、つぼみ以外に突起は生じませんので、ケンティフォリアとされるのが本来のクラス分けかと思われます。

1827年、スイス、フリブルグ(Fribourg)の修道院で発見され、それ以来多くのバラ愛好家から親しまれています。コモン・モスの枝変わり種であるというのがおおかたの研究者の見解です。

以上は、いずれも大輪花を咲かせる品種です。しかし、花形に違いがある枝変わり種も古くから伝えられています。

ロズ・ド・モー(Rose de Meaux)

ロズ・ド・モー Photo/今井秀治

3㎝径前後の小輪花ですが、よく観察すると開き始めはしっかりとしたロゼット咲きで、典型的なケンティフォリアの花形です。

1659年以前に遡ることができる非常に古い品種です。17世紀中頃、パリの東部のモー(Meaux)の司教であったドミニク・セグィ(Dominique Séguier)の庭園にあったこの品種を英国のスイート(Sweet)が持ち帰り、市場へ提供するようになったといわれています。

ロサ・ケンティフォリアの枝変わり種だと信じられています。スイートは由来にちなんでロズ・ド・モー(Rose de Meaux:”モーのバラ”)と命名したのではないかという解説に説得力があると感じています(Stirling Macoboy、“The Ultimate Rose Book”)。

プティット・ド・オランド(Petite de Hollande)

プティット・ド・オランド Photo/今井秀治

この小輪種もロサ・ケンティフォリアからの枝変わり種とみなされています。由来ははっきりしないのですが、古くからオランダ由来だと信じられていたことから、プティット・ド・オランド=オランダのおちびちゃんと呼ばれています。

ゲノム精査の結果、ケンティフォリア・ブラータとの関連が深いということが判明しています。同じ由来のロズ・ド・モーよりも樹形が著しく小さめという違いがあります。

ユニーク・ブランシュ(Unique Blanche)- 1775年

ユニーク・ブランシェ Photo/今井秀治

ピンクのロサ・ケンティフォリアから枝変わりして白花となったケンティフォリアが、ユニーク・ブランシェです。

フランス、オルレアンの育種家バロン・ヴェイヤール(Auguste Alexandre Baron Veillard)が、ロサ・ケンティフォリアの枝変わり種であるとして、1888年に公表したとされる説がありますが、1775年、英国のサフォーク州で発見されたという別の説があります。どちらが本当かは判明していません。

バラ研究家ピーター・ビールズは前述の『クラシック・ローゼズ(Classic Roses)』の中で、
「天候に恵まれれば、白バラのなかでもっとも美しい…」と絶賛しています。

ブランシェ・ユニーク(Blanche Unique)、ロサ・ケンティフォリア・アルバ(R. centifolia alba)、ホワイト・プロヴァンス(White Provence)という別称で呼ばれることもあります。

グロ・シュー・ドランド(Gros Choux d’Hollande)

グロ・シュー・ドランド Photo/田中敏夫

グロ・シュー・ドランド(オランダのデカ・キャベツ)という流通名から、オランダからもたらされたことは分かります。1597年には、すでに研究書で言及されているなど非常に古い品種ですので、交配親の詳細を知ることは望めません。

この巨大輪のケンティフォリアは崇高なまでの美しさで、辺りを睥睨(へいげい)しているという印象を受けます。本当はどこからやってきたのかも知れず、また、交配親となって子孫を残すこともありませんでした。

床屋を営み外科医でもあった英国のジョン・ジェラード(John Gerard:1545 – 1611/1612)は植物への造詣も深い人物でした。1597年刊行の『本草書または植物の話(The Herball or Generall Hiftorie of Plantes)』という大著のなかで言及している”great Provence Rose”は、このグロ・シュー・ドランドのことだと信じられています。

texts“The herball, or, Generall historie of plantes” by John Gerad, 1597 [Public Domain via. The Internet Archive]
16世紀末には、この完成された品種が存在したという事実は、ほとんど奇跡に近いのではないかと思われます。

ファンタン-ラトゥール(Fantin Latour)

ファンタン-ラトゥール Photo/今井秀治

花心にしばしば緑芽が生じる、明るいピンクのロゼッタ咲きの花は、ケンティフォリアに特徴的なものです。

しかし、トゲの少ない枝ぶり、横張りする樹勢、縁のノコ目が目立たない小葉などはチャイナ・ローズに似通っています。そのことから交配にはケンティフォリアとチャイナ・ローズが用いられたのではないかといわれています。

この品種は、グラハム・トーマスが1940年頃、英国内で発見し、ファンタン-ラトゥールと命名して再び世に紹介したと長い間信じられていました。しかし最近、実際には1938、9年頃、やはり英国のバラ研究家であったE. A. バンヤード(Edward A. Bunyard)がファンタン-ラトゥールという名称の品種を収集し、再紹介したことが分かってきました。

上述の通り、チャイナ・ローズの特徴が見られます。チャイナ・ローズがヨーロッパへ紹介されたのは18世紀の終わり頃ですので、このファンタン-ラトゥールはそれほど古い由来のものではないだろうというのが現在の研究者間の理解です。

「それはあらゆる点でもっとも満足できるバラで、しかも馥郁たる香りを持っている…」(”Graham Stuart Rose Book”)と高く賞賛されています。まったく同感です。

(”Bouquet of Diverse Flowers” by Henri Fantin-Latour [Public Domain via. Wikipedia Commons])
アンリ・ファンタン=ラトゥール(Henri Jean Théodore Fantin- Latour:1836-1904)はフランス、グルノーブル出身の画家です。青年期にパリの美術学校で学びながらルーブル美術館に足繁く通い、名画を熱心に模写して技法を学びました。

後にアカデミズムに挑戦して印象派と呼ばれるモネなどとも友好関係を築きましたが、画風としては彼らとは一線を画し、肖像画、画家仲間の群像画、バラなど花を主題にした静物画など、写実的な作品を多く残しました。静物画の多くは英国の蒐集家の手に渡り、特に英国で高い評価を受けました。

 

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Credit

文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズアドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたい思いから、2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間運営。2010年春からは「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズアドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。

写真/今井秀治

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