日本のバラ栽培の歴史の中で重要な役割を果たした明治44年創業の「駒場ばら園」と、バラへの思いをつなぎ、熱心に活動を続ける「駒場バラ会」。自らも「駒場ばら園」でバラの苗を購入した思い出がある写真家でエッセイストの松本路子さんが、「駒場バラ会」発足のストーリーと今をレポートします。

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東京・目黒の「駒場ばら園」との出会い

100年以上の歴史がある駒場ばら園は、日本人育種家の生んだ新しい品種を世に送り出し、また中国など海外のバラを紹介している。写真は1998年、縮小前の園内の様子。

ある時、井の頭線の電車に乗っていて、何気なく車窓からの風景を見ていた私の目に、バラ苗が並ぶ一角が飛び込んできた。渋谷駅にほど近い住宅地の真ん中にバラ園があるのだろうかと、気になって訪ねてみたのが、駒場ばら園を知るきっかけだった。1990年代半ばのことだ。

以来何度か立ち寄って、ほかでは見かけることのなかった‘バター・スコッチ’などのバラ苗を手に入れた。バラ園では入澤正義、嘉代さんという高齢のご夫妻が客を迎えてくれ、園内には彼らが育てた苗が何千種と並んでいた。希望するバラの名前を告げると、嘉代さんが即座に手渡してくれるのには、いつも感嘆させられた。

大正時代の駒場ばら園のカタログ。左は1923年、右は1919年発刊。レトロだがモダンな意匠が美しい。

当時存命だった大正生まれの父にその話をすると、なつかしそうな顔で「学生時代によく行った場所だ」という。なんと創業は明治44年。現存する国内最古のバラ園なのだった。

常連の顧客と地元住民の力で残されたバラの苗

駒場ばら園が日本に紹介したチャイナローズの‘粉粧楼’。写真/駒場バラ会

2005年、駒場ばら園が遺産相続の関係で、その敷地を大幅に縮小するという事態が発生した。大半のバラ苗を引き抜かなければならないという。その話を聞いた常連の顧客や地元住民が中心となり、苗を駒場のほかの場所に移植することを検討し始めた。

駒場公園の旧前田邸洋館前に植えられた駒場ばら園ゆかりのバラ。旧前田邸は2013年に国の重要文化財に指定された。写真/駒場バラ会

バラ移植のスペース確保のためのさまざまな提案や働きかけが繰り広げられ、やがて行政を動かすまでになった。その結果、55本の苗を目黒区が管理する駒場公園に植栽することになった。特に元前田侯爵邸前の築山に植えられたバラは、西洋館の瀟洒なたたずまいに彩りを添えるもので、美しい景観を現出させた。さらに東京大学駒場キャンパスの正門脇の用地にも18本の苗が移植された。そうした活動から生まれたのが「駒場バラ会」で、正式な設立は2006年1月。会員は150名ほどだった。

各地で咲く「駒場ばら園」のバラ

「駒場 バラの小径」は隣接した三角地を整備、花壇化するなど、今も日々進化している。写真/駒場バラ会

東大正門脇の植栽地は、その後整備、拡張されて、2007年「駒場 バラの小径」と名づけられた。67mに渡る遊歩道のかたわら、既存のフェンスに加え、アーチやオベリスクに誘引されたつるバラ、その前面に配置された木立のバラなどが40本以上植えられ、開花期には通学途中の学生や散策する地元の人を楽しませている。

東大正門脇の「駒場 バラの小径」で開花期に人目を引くのが‘ロイヤル・サンセット’の大株。それぞれのつるバラに合わせて誘引の仕方を工夫している。写真/駒場バラ会
冬の剪定・誘引の作業の様子。写真/駒場バラ会

そのほか駒場野公園バラ花壇、駒場小学校と植栽地が増え、この間専門家による剪定や誘引などの講習会、地方のバラ園への見学旅行などが実施された。駒場バラ会の素晴らしいところは、植栽や手製のオベリスク設置などに加え、年間を通じてのバラの栽培管理をすべて会員のボランティアで行っていることだ。

現在は駒場ばら園ゆかりの苗以外も植栽している。駒場野公園バラ花壇はイングリッシュローズが中心だ。写真/駒場バラ会

バラ栽培と普及に尽力する「駒場バラ会」の活動

駒場バラ会の案内リーフレットと5周年、10周年の記念小冊子。

10名ほどの委員で構成される運営委員会が月1回開かれ、活動予定などが決められる。週1回の定例作業では、毎回10名から40名の参加者が集まり、4カ所の植栽地のバラの手入れを行う。また月1回の月例会では首都圏各地の会員が集まり、作業後は交流会を行うなど、活発な活動が続いている。

冬の剪定・誘引の作業の様子。写真/駒場バラ会

会員はバラ栽培の情報交換などのほか、いくつかのチームに分かれ、お菓子づくり、フラワーアレンジメント、雑貨制作、地域との交流イベント企画などを行っている。会の案内リーフレット、5周年、10周年の記念小冊子などの印刷物からも、多彩な会員がそれぞれの分野で力を出し合い、思い思いに楽しんでいるのがよく分かる。2018年度の総会にお邪魔したが、懇談会でバラ栽培について熱を込めて語る人が多いのに驚かされた。

「バラは人を呼ぶ」嘉代さんの思いをつなぐ人たち

1998年の「駒場ばら園」にて。バラ苗を手にするのが入澤嘉代さん。

5年前に98歳で亡くなった駒場ばら園の嘉代さんは「バラは人を呼ぶんですよ」という言葉を残している。会の副会長で、発足時から活動している森重玲子さんは、「バラ栽培の作業の後、皆さんが満足した顔で帰っていく。バラが人と人を結び、笑顔を生み出している。嘉代さんの言葉通りの嬉しい情景です」と語る。

日本のバラ栽培の歴史の中で重要な役割を果たした駒場ばら園は、規模は縮小されたが嘉代さんの息子さん夫妻の手によって今も受け継がれている。園ゆかりの品種を守り、多くの人に見てもらいたいと駒場バラ会を設立したメンバー、そして会の活動に惹かれ参加したバラを愛する会員たち。東京という都会での、バラをめぐる素敵な物語だ。

Information

駒場ばら園

住所:東京都目黒区駒場1-2-2 (駒場東大前徒歩5分)
Tel:03-3467-6066

HP: https://sites.google.com/site/komababaraen/
開園:10:00~17:00 水曜日休園

 

駒場バラ会

事務局:東京都目黒区駒場3-5-9 辻様方
Tel/Fax:03-3467-1365
HP: http://komababarakai.com
Email:komabarose@excite.co.jp

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

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