マンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って26年。最初は何もなかった空間を、自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本路子さんのガーデン・ストーリー。

6月のバルコニーに咲く多種のユリ

10年目のカサブランカ。

バルコニーに育つバラには、繰り返し開花する四季咲き性の品種も多いので、12月から早春の休眠期を除いてほぼ1年中開花している。しかし、例年二番花が楽しめるはずの6月になっても5月の猛暑さの影響か、今年は花数が少ないように見える。

テッポウユリの一種、トライアンフェター。

60鉢のバラが中心の我が家のバルコニーだが、それぞれの季節特有の花も絶やさないようにしている。なかでも6月に元気なのが、ユリの花。まずは白とピンクが淡いグラデーションを見せるテッポウユリの一種、トライアンフェターが一番乗り。次に白ユリ。テッポウユリのこの2種が終わった頃、続けてピンクのカサブランカが悠然と姿を現す。さらに白のカサブランカ、さらにはわが国自生の原種、ヤマユリへと7月まで開花が続く。

テッポウユリやカサブランカは、鉢植えで10年も美しい姿を見せてくれる。

テッポウユリとカサブランカは、園芸会社から球根を取り寄せたのが10年ほど前。鉢植えの球根苗の割には長い年月咲いているのではないだろうか。花後にお礼肥を欠かさず、青々とした葉が黄変して枯れるまで球根を育てて、秋にはそれを掘り起こして新しい土に植え込む。こうしたひと手間が元気な花を育て、翌年も美しい姿を見せてくれる秘訣だ。

ミステリアスな花色に魅了されたユリ

赤い斑が眩しいクシマヤ。

10年来のユリに新たに加わったのが、ヒマラヤ原産の原種に近いクシマヤ。幻のユリともいわれるネパレンシスとオリエンタルリリーを掛け合わせたものだという。そのミステリアスな花色に惹かれ球根を求めたが、さて都心のマンション4階のバルコニーで何年生き延びてくれるだろうか。

友人に贈ったヤマユリの球根

雨に濡れるヤマユリも、風情があり涼しさを感じさせてくれる。

昨年の秋には親しい友人にヤマユリの球根を贈った。毎年7月末に彼女が社会学者の鶴見和子さんの命日の偲ぶ会に参加することは聞いていたが、その集まりが「山百合忌」と名づけられているのを知ったのが昨年のこと。友人は球根から芽が出たことさえ喜びだったようで、その後も夢中になって成長の記録写真を撮っては私へ報告してくれる。山百合忌にちょうど咲くと良いが、今年の開花はかなり早くなりそうだ。切り花を墓前に捧げたいという彼女の願いは叶えられないかもしれない。それでもつぼみが膨らむさまを楽しんでいてくれて、私は少しほっとしている。

挿し木から育てている思い出のアジサイ

6月のバルコニーで忘れてならないのがアジサイ。4年前に鎌倉在住の友人宅に遊びに行った折、いただいたひと枝を挿し木した白いアジサイが元気に育っている。我が家のアジサイはすべて挿し木苗で、鎌倉を初めとして真鶴、伊豆などの庭から来たものだ。開花すると現地の風景や同行した友人など、旅の時間を思い起こさせてくれる。

挿し木をして2年目を迎えた鎌倉のアジサイ。

さらに毎年自宅近くの歩道にこぼれんばかりに咲く、‘墨田の花火’とおぼしきアジサイの兄弟も加わった。これも散歩の途中にひと枝分けてもらっただけなのに、3年目の今年は楚々とした花をたくさん見せてくれた。

真鶴から持ち帰ったアジサイの挿し木苗。頂いた日と同じ咲き姿で、楽しかった時間を甦らせてくれる。

折々の季節、旬の鉢を特等席に登場させる

鎌倉からやってきたアジサイも、挿し木をして4年目に立派な株に成長。

こうした植物は5月のバラの最盛期が過ぎるまで、バラの葉に隠れてほとんど姿が見えない。バルコニー園芸の良いところは、開花寸前の鉢を特等席に移動させられること。リビングルームの窓の正面に鎮座した鉢は、開花と同時に、さながら舞台に登場する名優の様に、誇らしげなたたずまいを見せてくれる。梅雨の季節もバラエティ豊かな俳優たちの演技で、しばし潤いのあるひとときを過ごすことができるのだ。

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。