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造園家・阿部容子さんに教わる庭のつくり方「状況把握とデザイン」

造園家・阿部容子さんに教わる庭のつくり方「状況把握とデザイン」

前回は、まず庭づくりのはじめに、庭の状況をしっかり把握しようということをお話ししました。庭の位置関係だけでなく、庭を使う人の身体的な事情や近隣の環境なども含め、その庭のあらゆる状況を把握するのが庭づくりの第一歩です。今回は集めた情報から、実際にどのようにデザインを考えていくのか、その過程を実例をもとにご紹介します。

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この庭は愛知県岡崎市にあるワシミ整形外科の屋上庭園です。院長の鷲見大輔先生は植物や動物が大好きな方で、患者さんたちが自然に触れながら楽しく安心して歩ける場所が欲しいという希望で、病院の屋上に庭をつくることになりました。一般家庭の庭づくりとは少し異なるケースですが、庭のデザインにとりかかる前に、具体的にどういう情報を拾い上げ、課題を見つけるべきなのか、分かりやすい例だと思います。庭づくりの前に把握すべきこの庭のシチュエーションを以下にまとめました。

<ワシミ整形外科の庭のシチュエーション>

  1. 屋上ガーデン
    (課題/重量制限、土の量や深さの制限、強風対策、夏場の温度上昇対策、近隣マンション高層階からの目線etc.)
  2. 使う人は身体に痛みを伴った患者さん、その家族、医療従事者
    (課題/歩行の安全性、リハビリ的要素、歩くモチベーションの付加、座れるスペース、集えるスペースetc.)
  3. 使う時間帯は主に日中
    (課題/日よけの必要性、夏場の温度上昇対策)
  4. 日常的な庭の管理は病院スタッフ
    (課題/安全性、ローメンテナンス)

このように、現場の状況を把握して課題を見つけ出し、その解決を図るプロセスにこそデザインの本質があると私は思っています。ですから、デザインとは単なるビジュアル的な意匠だけではなく、機能が伴っていなければなりません。そしてその機能は、きちんと作用していながら、使う人にはそこに仕掛けがあると感じさせないよう、いかにその空間に溶け込ませるかがデザインの肝です。

温度上昇対策として全面デッキ化

この庭の場合、まずは植物が健全に育ち、人が快適に過ごせる環境整備が不可欠でした。コンクリートの建物の屋上では、何もしなければ夏場は50℃を越えてしまいます。当然、植物は育ちませんし、人にとってもあまりにも過酷な空間になってしまうので、まず屋上の全面にデッキを敷いて、地上の庭と同じ程度に温度の上昇を抑える環境を整えました。同時に、屋上ガーデンなので、建物に影響が出ないよう、デッキの下には防水対策や防根対策などを施しています。

歩いてみたいと思わせる、変化に富んだ景色

整形外科には事故や病気などで身体の運動機能に何らかの障害を抱えた方が来院されます。この屋上ガーデンは、そうした患者さんたちのためのリハビリのスペースでもあります。通常、リハビリは屋内で行われますが、痛みはもちろん、思うように動かない身体への不安やもどかしさと戦いながら、病室で単調な運動を繰り返すのは、とても辛いことです。そうした不安や辛さを少しでもやわらげ、「歩いてみよう」、「手を伸ばしてみよう」など、身体を動かすモチベーションをつくるのが、この庭の大事な役目です。

庭はまず、両側に花壇のある「小径の庭」から始まります。突き当たりを右へ折れると、デッキと芝生の空間が広がっているのですが、庭の入り口に立った時点でその全貌が見えてしまうと歩く楽しみや目的意識が薄まるため、樹木とフェンスであえて視線を遮っています。道は緩やかなカーブを描き、奥へと誘うようなイメージでデザインしました。道の幅は車椅子でも通れるように設定し、両脇の花壇も車椅子から植物に触れられる高さのレイズドベッドにしました。片側には温度が上がらない木製の手すりを設けてあるので、歩行訓練の際にも安心です。

植栽は、ゆっくり歩くスピードで景色が変わるように、色や形、高さの変化もつけています。また、カモミールやセージなど、触れると香りが立ち上るハーブ類や、ワイルドストロベリーなど収穫して楽しめるものを手前に植えました。花壇の縁からイチゴの赤い実がぶら下がっていると、手を伸ばしたくなるものです。また、構造の線が隠されて、柔らかくナチュラルな雰囲気にもなります。

樹木は幹が複数立ち上がる「株立ち」を選んで、近隣マンションからの目線を柔らかく遮っています。太い幹が1本だけの樹木は、屋上ガーデンでは強風に煽られて倒れる危険があるので、風の通る隙間がある株立ちのほうが向いています。また、株立ちの樹木は栄養分が各幹に分散されて大きくなりすぎないので、本来「高木」とされている樹種を使いたい時にも有効な樹形です。また、その様子は一本立ちの立派な樹木と比べて枝が華奢なため、そよ風にも揺れる風情が自然感や優しげな雰囲気を演出するのにも効果的です。

「集い方」を選べるスペース展開

小径の庭を抜けると、広いデッキと芝生の空間が広がります。芝生は普通、地面に張りますが、ここでは芝生も高さを上げたレイズドベッドにしています。なぜ高さを上げたのかというと、足の悪い人や車椅子の人にも芝生に座ったり、寝転んだりする開放感を味わってほしいからです。膝や腰を痛めている人は、地べたに座って立ち上がるということがとても困難です。ですから芝生のほうを少しだけ人間に近づけることにしました。この高さは、車椅子の人が自力で芝生に腰をおろし、自力でまた車椅子に戻るという動作がしやすいよう吟味した高さで、普通の椅子より少し低めの38㎝に設定しています。低すぎれば立ち上がるのが困難ですし、高ければ立ち上がりはしやすいものの、腿の裏を圧迫して長く座っていられません。

芝生に寝転んで見上げた青空(左)。芝生の端っこにはタイムが植えてある。立ち上がろうと手をついた時に香りが立ちのぼる細やかな演出(右)。

もちろん、この芝生広場は車椅子の人だけでなく、他の患者さんもご家族の方も、病院のスタッフもおしゃべりを楽しんだり、ランチタイムをすることもあります。そんなふうに多くの人が集うシーンでは、皆が一直線に横に並ぶと、端の人同士は身体を前か後ろにずらさないとお互いの顔が見えません。ですから、芝生の縁をまっすぐではなく半円状にくり抜いて、座った時にお互いの顔が自然と目に入りやすいようにしました。コミュニケーションは、デザイン次第で円滑にも悪くもなるものです。

芝生の広場のほかにも、腰を下ろせる場所を意識してつくりました。屋上ガーデンの場合は強風に煽られても飛ばないように、ガーデンファニチャーは造り付けが安心です。ここでは中央のベンチもサイドの2つも、パーゴラとの一体型にしました。中央のベンチの背後には、つるバラの‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’の大鉢があり、2〜3年もすればこのパーゴラを覆い尽くし、ここは甘い香りが漂うバラの小部屋となる予定です。ベンチとベンチの間には、隣の人の目線が気にならないように、ローズマリーの大鉢を対で置いています。多くの人で集いたい時には芝生の広場を、1人か2人で過ごしたい時にはこちらのベンチを、というように、そのときどきの目的や気持ちに合わせて場所を選べることも、空間の心地よさにつながります。

安全性を確保する一方で、日常生活に戻っても困らないように、あえて「障害」をつくって乗り越えることもリハビリには必要です。屋外はもちろん、家の中であろうと段差のない場所はないので、この庭にも足の上げ下げ訓練ができるように段差をつくってあります。段差の高さは院長先生と相談して、患者さんの足の可動域ギリギリに設定し、もちろん手すりもつけてあります。この階段は、入り口に近い小径の庭と芝生広場をつなぐ近道にもなっていて、その日の調子でルートを選択できるようになっています。階段の脇には小さな水辺の庭をつくり、その手前にもベンチをつくりました。複数の人が利用する場所なので、庭を一つの雰囲気に統一せずに、少しずつ雰囲気の異なる場所を用意することで、お気に入りの場所を見つけてもらおうという狙いです。

ほかにもこの庭の一番奥には、院長先生たっての希望で、足湯スペースを設けました。頑張って歩いたあかつきには、ご褒美が用意されているというわけです。足湯には庭で摘んだローズマリーやミントを入れてハーブ湯にすることもあります。また、夏には毎年、打ち上げ花火が上がるので、花火を見ながらバーベキューが楽しめるようにアウトドアキッチンも設えています。

「心地良さ」をデザインする

おかげさまで、この庭にいると癒される、心が安らぐという声をよく聞きます。ポカポカと春の陽を浴びながら、木陰のベンチで花咲く庭を眺めているとき、ああ、気持ちいいなぁと思う人は少なくないでしょう。そんなとき、なぜ気持ちいいのか、この気持ちよさはどこからくるものなのか、突き詰めて考える人はそう多くないと思います。「心地よさ」や「安らぎ」は、その人が感じる主観的な「感覚」です。しかしプロの造園家は、それが庭で感じられるようにデザインするのが仕事なので、心地よさや安らぎの理由・所以・所在を客観的に分析し、植物を使って心地よさを意図的につくり出す知識と技術を持っていなければなりません。

ですから造園家は、植物の知識や栽培技術を持っているだけでは不十分だと考えています。庭は人が使うものであり、心地よいと感じるのは人なのですから、植物だけでなく人間のこともよく知っていなければ、本当に心地よい庭をつくることはできません。

そうした意味でも、理学療法的な観点を取り入れながらつくったこの庭は、私自身発見がたくさんあり、有意義な設計でした。人間は誰だって年をとり、身体は衰えていくものです。どこにでも自由に出かけられなくなったその時こそ、庭は家のすぐそばにある自然であり、癒しとなり、希望となり得るはずです。

この庭は病院という特殊な場所ではありますが、一般家庭にも応用できるデザインが少なからずあると思います。

Information

この記事は2018年2月7日に開催された「ユニソン ガーデンエクステリア コミュニティ」デザインスキルアップセミナー第2弾『植栽デザインをグレードアップ』の造園家の部容子さんの講演をまとめたものです。
ユニソン http://www.unison-net.com

Credit

アドバイス/阿部容子
ガーデンデザイナー・造園家。岐阜県可児郡「かたくり工房」に所属。モデルガーデンのガーデンカフェ「ガズー(Garzzz)」を拠点とし、公共、企業、個人の庭を全国各地でデザイン、施工。ぎふ国際バラコンクール審査員として岐阜県「花フェスタ記念公園」でも活動。アメリカ園芸療法協会会員として米国のカンファレンスで学んだ知識や技術を活かし、病院のガーデンも施工しています。
かたくり工房/岐阜県可児郡御嵩町伏見747 TEL:0574-67-6633
http://www.katakuri.co.jp/

写真/3and garden

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