毎年毎年たくさんのバラが生まれていますが、歴史をさかのぼると多くの「オールドローズ」は、最初は交雑により選抜され品種化されたもの。19世紀末からは、科学的な人工交配によって品種数が増えてきました。バラには古くから長い歴史があり、それに伴うさまざまな物語があります。まずは西洋のバラの源流から物語を探ってみましょう。

一つではないバラの香り

「世界三大花の香料」は何かご存じでしょうか。もちろん「バラ」もその一つ。そして「ジャスミン」。もう一つは、香料名「ミュゲ」といわれる「スズラン」です。バラの香りはほかの花が単一なのに対し、さまざまな香気成分が含まれ、現在確認されているだけでも540種類以上とか。西洋のバラの香り「ローズの香り」に東洋のバラのティー成分が入り混じり、年月を経て交雑し、交配が重ねられ複雑化していったといわれます。

西洋のバラの香りは強く、甘く華やかな「ローズ+フルーツの香り」。一方、東洋、特に日本のバラの香りは強くはないけれど繊細で上品な香り。その香りには、日本で発見された「ティーローズエレメント」が影響を及ぼしているといわれます。最近のバラの中には、まるで香水のようにブレンドされた芳しい香りをもつ品種も多くなりました。バラの香りにはさまざまな心理的・生理的な働きがあることが報告されていますが、その香りも、色や形などの視覚効果、そして何よりも人が関わる物語があってこそ、いっそう魅力を増します。

十字軍遠征帰りにフランスへ

西洋のバラのオリジンの一つが「ロサ・ガリカ・オフィキナーリス」です。

ときは13世紀。十字軍の遠征の帰りに、ティボー4世という人物が「ダマスのバラ」をフランスの領地・プロヴァンに持ち帰りました。その地は、フランス北部、パリ南東部のシャンパーニュ地方。ティボー4世は、シャンパーニュ伯です。プロヴァンは、シャンパンで有名なランスなどとともに「シャンパーニュの大市」と呼ばれる定期市が開催され、ベルギー、ドイツ、イタリアなどとの交易が盛んだった地です。間違えやすいのですが、プロヴァンProvins(フランス語では語尾のsは発音しない)は、南仏のプロヴァンスProvenceとは違う場所です。2001年には「中世市場都市」として世界遺産にも認定されています。

石畳と古い建物が続くプロヴァンの街並み。

その「ダマスのバラ」が、実は「ロサ・ガリカ・オフィキナーリス」そのものだったと伝えられます。後代ですが、ボタニカルアート画家・ルドゥーテが描く『薔薇図譜』の「ロサ・ガリカ・オフィキナーリス」の絵の下部右には、別名として「ロジェ・ドゥ・プロヴァン・オーディネール」(通常のプロヴァン・ローズ)と記されています。フランスでバラ園に行くと、ガリカローズの系統の品種には、系統の略記号が「G」ではなく、「PROV」と記されていることが多いのですが、これはプロヴァンProvinsの略称です。広く栽培されたので、「フレンチローズ」の名もあります。英語ではローズ・オブ・プロヴァンスRose of Provinsです。

ロサ・ガリカ・オフィキナーリス

「ロサ・ガリカ・オフィキナーリス」は、別名がレッド・ローズ・オブ・ランカスターRed Rose of Lancaster。薔薇戦争(1455年)のランカスター家の赤バラそのものといわれます。ティボー4世の叔父はイングランド王ヘンリー1世、弟スティーブンもイングランド王。フランスとイギリスの百年戦争(1337年~)などを経て、さまざまな文物の交流も進んだのでしょう。プロヴァンがヨーロッパのバラの源流の地の一つであることは欧米ではよく知られ、ティボー4世の話も一緒に伝わっているようです。ちなみに、ティボー4世にちなんだイングリッシュローズもあります。2001年発表の‘コンテ・ド・シャンパーニュ’( シャンパーニュ伯の意味)です。この命名は直接的にはシャンパンから。テタンジェ社の紋章がティボー4世だからですが、オースチン社では「ティボー4世はダマスカスからロサ・ガリカ・オフィキナーリスをもたらした。同時に多くの詩を残した大いなるバラ愛好者だった」としています。

‘コンテ・ド・シャンパーニュ’

恋の詩を歌う

「ロサ・ガリカ・オフィキナーリス」は、華やかで甘いバラの香り。プロヴァン周囲を中心に18世紀ごろまで盛んに栽培されたとか。薬用として、花びらを乾燥させて粉末にして使われたりもしたようですが、バラ水を採集することが主な目的でした。バラ水にはリラックス効果をはじめ、肌を清潔に保つなどの働きがあることが、当時から知られていたのでしょう。アポテカリー・ローズ(薬屋さんのバラ)という別名もあります。

薬用・香料用だけではありません。観賞用としても、花の美しさと香り、そして花自体が持つ美しいイメージも同時に愛されたのに違いありません。バラは古くからさまざまな芸術作品のモチーフとされ、ティボー4世が没した後、13世紀のフランスでは、バラを中心に概念を擬人化して構成された寓話(アレゴリー)形式の小説『薔薇物語』(ばらものがたり、Le Roman de la Rose)も成立しています。この物語では「優雅」とか「歓待」に導かれて園に入り、バラの蕾に恋し口づけをした詩人の「私」。しかしその後、バラは「羞恥」とか「嫉妬」に塔に閉じこめられてしまいます。そこで「私」は愛の神の軍勢の力を借りて、バラを得ることができます。

「ロサ・ガリカ・オフィキナーリス」にも一つのロマンスがあります。ティボー4世は騎士と田舎娘や宮廷の貴婦人との恋愛詩を60以上詠み、「詩人王」の別名もあるくらい。トルバドゥール(吟遊詩人)としても知られます。プロヴァンの丘の上には「セザールの塔」という12世紀に建造された城砦の中心の塔が残っています。塔の下に佇み、上の窓を見上げると、当時の光景がぼんやりと浮かび上がってくるようです。

花の盛りの時期、あたりに満ち溢れるバラの香り。
ティボー4世は、リュートの響きにのせて、塔の下から窓辺の貴婦人に愛の歌を囁く。
ロサ・ガリカ・オフィキナーリスを手に持って。

私はユニコーン(一角獣)のようだ。
乙女に目を惹きつけられ、目を離すことができず、その膝に伏す。
・・・
あぁ恋よ、わが恋人よ。
私をそのように「殺し」、
心を捉える。
私は自分を取り戻すことができない。

ロサ・ガリカ・オフィキナーリス

Credit

文&写真/玉置一裕(『New Roses 』編集長)

『New Roses』 バラの専門誌。年に二回発行で春版はローズブランドコレクションとして最新品種・人気品種を中心にバラの美しさを表現し紹介。秋版はテーマを決めた特集。2017年秋版のテーマは「新しいバラの庭」。