これまで長年、素敵な庭があると聞けばカメラを抱えて、北へ南へ出向いてきたカメラマンの今井秀治さん。カメラを向ける対象は、公共の庭から個人の庭、珍しい植物まで、全国各地でさまざまな感動の一瞬を捉えてきました。そんな今井カメラマンがお届けするガーデン訪問記。第4回は、東京の個人邸です。

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「バラの村田晴夫さんの本を作ることになったので、撮影は今井さんにお願いしたいと思っています」と、お世話になっている編集者さんから連絡をいただいたのは、今から二十数年も前のことになります。1996年に出版された『バラの園を夢見て』を見て、「こんなきれいなバラがあったんだ」「バラで庭がつくれるんだ」と感動し、一度こんな撮影をしてみたいなと思っていた僕にとって、村田さんの庭の撮影は夢のようなお話で、嬉しくてすぐに快諾したのを覚えています。

お隣との境のフェンスにはナニワイバラを誘引。

撮影は、寒い冬の誘引と剪定から始まりました。村田さんがじっと腕組みをして考えごとを始めると、しばらく作業は中断。待ち時間は本当に寒かったのですが、剪定と誘引が終わった壁は、バラの枝で描かれた線画のように美しく、これが村田さんの世界なんだなとつくづく思いました。

まるで絵のようにバラが咲き乱れる、水谷邸のレンガと枕木のガレージフェンス。

春になると「モッコウバラは誰々さんの庭」、「小輪のつるバラは誰々さんの庭」というふうに、村田さんから撮影リストを受け取って、横浜や東京の杉並、三鷹、埼玉など、車で走り回る本当に楽しい日々でした。村田さんのお客様は、皆さんとてもバラに詳しく、撮影が終わると、お茶とお菓子をいただきながら、楽しいバラ談義が始まります。「Aさんのお庭はもう行ったの?」「素敵なお庭だからすぐに行きなさい」など、何も知らないで走り回っている僕がよほど頼りなく映ったのか、皆さんとても一生懸命にいろいろなことを教えてくれました。そんな会話の中で、必ずオススメの家として名前があがった数人のうちの1人が水谷園子さんでした。

水谷さんの家から徒歩2分の場所にある息子さんの家は、壁沿いの植栽もきれい。通学路なので季節感が感じられるようにと植栽しているそう。

「皆さんが素敵とおっしゃる水谷さんの庭は、いったいどんな風に素敵なんだろう」。ずっとそんなことを思いながら運転していて、教わった道の角を曲がった途端、目の前に本当に素敵なバラのお宅が出現しました。

左/白バラはロサ・ムルチフローラ、下方には‘ラベンダー・フレンドシップ’。右/門扉の脇には、ロータス‘ブリムストーン’や紫キャベツが植わる大きなテラコッタの寄せ植え。

立派な枕木とレンガでつくられたガレージと門扉には数種類の小輪のバラが咲き乱れ、足元には小花が咲いている、まるで絵のような風景でした。さっそく車をとめてチャイムを鳴らすと、小柄でおしゃれな水谷さんが笑顔で迎えてくれました。庭の中はダークブラウンの落ち着いた印象で、フェンスには白いナニワイバラ、足元には白や青の小花が咲いていて、どこを切り取っても絵になってしまう、まさにフォトジェニックな庭でした。

地植えや鉢植えのクリスマスローズが庭のあちこちで咲き出した早春。育種家さんの可愛いビオラも多種開花。

水谷さんは園芸好きだったお父様の影響で、子どもの頃から花が好きだったという筋金入りのグリーンフィンガーです。基本的には山野草が好きだそうで、白やブルー、黄色やピンクの花が咲いていても、決して派手な印象がなかったのは、そのあたりからきているのでしょう。クリスマスローズはレンテンローズと呼ばれていた頃から育てていて、ベゴニアでつき合いがあった「花郷園」の野口さんがクリスマスローズ協会を立ち上げた時は1年目から参加、地元、三鷹市の緑化ボランティアもしています。また、オープンガーデン歴も21年、宮崎の育種家さんのビオラも10年前から取り寄せてオープンガーデンの時に来訪者に販売していたそうです(今は東京でも買えるようになったので販売はしていません)。

おしゃれなガーデンシェッドの屋根には、クレマチス・アーマンディが満開。

そんな水谷さんが、バラの村田さんに初めて会ったのは、神代寺植物公園で村田さんご自身で苗の販売をなさっていた時のことだといいます。販売コーナーには、‘リトル・アーチスト’のスタンダード仕立てが並んでいて、当時写真でしか見たことがなかったスタンダード仕立てが買えることに感動し、また、そのスタンダード仕立てをつくった村田さんにすっかり魅了されてしまったのです。水谷さんは、村田さんが教室を開いた時も一期生として参加。その時の一期生のみなさんのお庭は、その後の撮影で何度もお邪魔させていただきました。

左/ブルー系が優しい変わった花形のビオラ。右/オリジナルのガーデンシェッドの周りには、水谷さん好みのカラーリーフと小花。

こうして、村田さんの本や雑誌の撮影をきっかけに訪ねるようになった皆さんのお庭は、どこをとっても素敵で、僕が今こうしてバラのカメラマンとしてあるのも、この頃の経験がとても大きいと感じています。村田さんは5年前に亡くなられましたが、今でもこの頃の皆さんにお会いすると村田さんの思い出話ばかりになってしまうのは、それだけ村田さんが愛されていたからなのでしょう。水谷さんは村田さんのことを「バラの精」と呼んでいたそうで、今でも毎年クラシックバレエの公演で[薔薇の精]という演目を見に行っては村田さんを偲んでいるそうです。

左/蝶がふわふわ舞うように多くの花を咲かせるペラルゴニウム。右/門扉の柱や頭上など、あらゆる場所を上手に使い、たくさんの種類の草花を育てています。

水谷さんの庭には、その後も、バラ、クリスマスローズ、寄せ植えの撮影と毎年のようにお邪魔していますが、いつ伺っても、どこを切り取ってもおしゃれです。可愛らしい花が好きな水谷さんのセンスが生きる丹精された庭。これからも素敵な庭づくりを続けてほしいと願っています。

Credit

写真&文/今井秀治

バラ写真家。開花に合わせて全国各地を飛び回り、バラが最も美しい姿に咲くときを素直にとらえて表現。庭園撮影、クレマチス、クリスマスローズ撮影など園芸雑誌を中心に活躍。主婦の友社から毎年発売する『ローズカレンダー』も好評。

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